172.推理②/リオン視点
依頼を受けた当初は、禁止されている亜人種の取引で不当に儲けている人物がいるのだろう、という見解だった。
便宜上「依頼A」と呼んでいるほうの、しがらみから断れなかった依頼である。
亜人種取引の黒幕と思われる女性の身辺調査だった。
該当女性は、ヴェルメイリオ伯爵家の傍系を名乗る女性であり、一応、貴族に連なる者であるということから、下手に糾弾できなかったのだ。
そのため、入念な調査が必要だということで、俺たちに依頼──という名の半強制的な命令──が回ってきた。
なにしろ今の時勢では、亜人種取引に関わる悪事は、国家反逆にも問われかねない重罪である。貴族とはいえ、見逃すことはできなかった。
調査の過程で、後輩のアルトが妹を救ってくれと言い出し、俺たちも本来の目的を隠して該当女性──アリア本人と接触した結果、どう考えても冤罪だろうという結論に達した。
ただ、冤罪だと主張できるだけの証拠がないのが痛かった。
正直、依頼は「調査」であったから、冤罪であることを報告して終わらせることもできる。後は専門チームに丸投げすることもできるのだ。
だが、反逆罪が見え隠れしている以上、放っておくことはできない。
冤罪だとわかっているのに、アリアを見捨てることもできない。それではアルトの頼みを無下に断ったのと、同じ結果にもなってしまう。
アリア自身は、自分に冤罪が掛けられていることも知らない。
何もわからないまま、生家からも寄宿学校からも追い出され、王都の外へ放り出されたのだ。
アルトが妹の安否を気に掛けていなければ、先方の思惑通り罠に掛かって、人知れず処刑されていたことだろう。
(辺境に向かっている時点で、すでに罠の渦中のような気もするが……)
名目としては、辺境で暮らす祖父の屋敷での奉公ということだったが、荷物を用意する時間もなく、支度金もなく箱馬車に詰められたそうだから、ろくな環境ではなかったに違いない。
(俺が経験したこともないような環境、か)
生まれた家に暮らしながら“いない者として扱われる”ということが、実際にはどのようなものか俺には想像がつかなくて、アリアには笑われてしまった。
(……あんなに細くて軽いんだ。少なくとも、まともに食べられない環境であったのは間違いない)
治癒魔法しか使えないのに、冒険者として生きていこうと決心するくらいには、追い詰められていたのだろう。
(貴族の家に生まれた女の子が、だぞ?)
貧乏貴族の三男坊が、平民に偽装して冒険者をやるのとは事情が異なる。
伯爵家の令嬢ならば、瑕疵があっても持参金さえ積めば、名前だけでいくらでも嫁ぎ先が見つかるはずだ。また、そうするのが慣例でもある。
その手間さえ惜しみ、放逐するとは継子いじめも甚だしい。
三男坊の例で言うなら、貧乏貴族ゆえに譲り受ける財産がないことは、子供のころからわかっていることであり、冒険者になる令息も納得ずくである。
納得はできなくても、それまでに学んだ学問や剣術などの知識は己の財産として持って出られる。
だが、いずれ政略結婚の道具として使われることが決まっている令嬢は、押し並べて花嫁修業をして育つ。嫁ぐことを前提とした教育を受けるのだ。
それが、いきなり冒険者になどなれるはずもない。
いずれ士官するために魔法や剣術などの教育を受け、すでに基礎ができている貴族の三男とは違うのだ。平民として生活することさえ難しいだろう。
近くに実の父親がいながら、後妻の暴挙を止めもしないとは、呆れてものが言えない。
実父も一緒になってアリアを虐げていたのではあれば、とうてい許せるものではない。
(あの二人には、監護義務放棄の罪もきっちり償ってもらわないと)
それに、シャーリーンという義妹も。
アリアを傷付けて笑っていられるというのなら、容赦はいらない。
彼女自身を罪に問うことはできなくとも、母親の罪が確定すれば、連座制で身分剥奪か修道院送りくらいにはできる。
(問題は、誰がアリアに濡れ衣を着せしようとしているのか、憶測では動けないということなんだよな……)
証拠と証人を集めるためには、アリア自身を餌にしてでも、黒幕を引っ張り出さなければならない。
それが、王国に反逆を企てる者を焙り出すために必要な措置だ。
望む望まざるに関わらず、俺はそうしなければならない。それが“しがらみ”故の義務でもあるからだ。
時々、本当に一介の冒険者として“しがらみ”のない世界で生きることができたら……と思うことがある。
特にこういう陰謀に関わったときには。
(アリアちゃんが本当に黒幕だったなら、良心が痛むこともなかったのかな……)
何も知らないまま、アリアを守ることだけに専念できるレッドが少し羨ましかった。
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