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17.遭遇もしくは邂逅

「アリア、この先に人の気配がする」

 唐突にレッドが言った。

 もうすぐ日が暮れる。薄暮(はくぼ)の時間だ。

「……戦ってる……のか?」

 レッドの猫耳がピクピクと動いた。

 獣人の耳の構造は、いつ見ても不思議だ。

 普段は獣の耳で音を聞いているらしいが、完全に人間に擬態した場合には、人間の耳で聞くらしい。

 人間より、獣のほうが耳が良いのは周知の事実だが、日常生活を送る上では不便なこともあるという。


 完全な獣ならば、野に暮らしているため、人が出す騒音に悩まされることもない。

 町中に暮らしていても、完全に獣に擬態できる獣人族は、不要な話し声や騒音をシャットアウトできる。

 聴覚も獣化するため、()にとって不要な情報は認識できなくなるらしいのだ。たとえ近くで悪口を言われても、都合の悪いことは聞かなかったことになるという。

 自動的に「難しいことを言われても理解できない動物モード」に入るらしい。


 酒場で大騒ぎしている人間がいても、それが自分にとって脅威ではない距離での出来事ならば、無視して眠ることもできる。目の前に大金が落ちていても、獣モードのときは興味を示さない。逆に、美味しそうな食べ物を前にすると自制が効かなくなる。

 身体の構造も変わるが、精神構造も変わるのだそうだ。


 が、一般的な獣人族は、種族ごとの特徴を色濃く表したヒト(・・)の姿をしている。

 だいたいが、獣の耳と尻尾を隠せずにいる。

 獣か人間のどちらかの姿に、完全に擬態できる獣人族は少ないのだ。


 レッドも例に漏れず、凡庸な獣人として耳と尻尾をさらしている。

 半獣化まではできても、完全な動物の猫には変身できないのだ。

 だから、大きな音がする場所は苦手だし、大抵の悪口は聞き取れてしまう。

「小型動物の獣人は、完全に変身する(変わる)のは難しいみたいだぜ? なんか、体積の問題とかなんとか」

 何でもないことのようにレッドは言っていたけれど、きっと、嫌な思いもたくさんしたのだろうと思う。


「ヒトが二人……四つ脚の魔獣と戦っているみたいだ。魔獣……複数いるな」

 どうする? と、レッドは無言で問いかけてくる。

「戦闘は避けたいところだけれど……その二人がやられたら、次はわたしたちってことよね」

「そうだな。魔獣がその二人を食い終わったら、次はオレたちの番だろうな」

「わかった。わたしが行ってその二人を援護してくる」

「あ!?」

 レッドはわたしの判断に不満の声を上げた。

 でもこちらも譲る気はなかった。

「荷物を置いていくから、ここで待ってて」

「そうじゃねえだろ!!」

「いくら動けないといっても、自分の身くらい自分で守れるわよね」

「だーかーらっ、そうじゃねえだろうがっ。そこはオレに命令しろよ! ちょっと行って加勢してこいって言えよ!」

「大丈夫よ。離れたところから治癒魔法を飛ばすだけにしておくから。さっきまであなたがやっていたことを、見ず知らずの二人に代わってもらうだけだわ」

 そう言うとわたしは駆け出した。

 わたしは、自分たちの身を守るために、見ず知らずの二人に犠牲を払ってもらうつもりだった。

 レッドにやったように、何度倒れても、魔獣が全滅するまで無限に回復させて戦わせてやる。なにしろ、魔力量だけは豊富にあるのだ。

(それに治癒魔法をかけられて怒る人はいないでしょうし……)


* * *


 たどり着いた先には、先行していたはずの馬車の護衛たちの死体と、巨大な沼蜥蜴(リザード)の死体があった。

 どちらも、ちょっとづつ食われている。


 死肉を食らっていたのは、ハイエナ型の四足魔獣だ。

 巨大な犬っぽい魔獣だ。

 この種類の魔獣は常に群れで行動し、悪食なことで有名だった。

 見つけた生き物は、だいたい餌と判断して襲いかかる。――と、冒険者ギルドのパンフレットに書いてあった。

 それほど強い魔獣ではないが、数が多い場合は逃げることが望ましいとされていた。

(……狼タイプでなくてよかったわ)

 少なくとも、ハイエナ型のほうが狼型よりはマシである。

 両者とも出会ったことはなかったが、狼型の四足魔獣は知能が高く、統率の取れた動きをするという。ベテラン冒険者でも苦労する相手だ。


 一方、複数の魔獣を相手取って一歩も引かない戦い振りを見せているのは、魔法使いと剣士のコンビだった。

「二人とも! 治癒魔法を!」

 とりあえず治癒魔法を連続して放つ。

 かすり傷程度だが、回復しておいたほうが戦いやすいだろう。


 黒髪の魔法使いと金髪の剣士――どちらも若い冒険者だが、魔法使いのほうが少し苦戦しているように見えた。

 相棒の剣士を援護するため、有効な攻撃魔法を打つタイミングが得られないのかもしれない。動きが速く、数が多い魔獣に翻弄されているようだった。


 それでも、放っておいてもこの二人なら勝つだろう。

 魔獣の群れを(さば)ききるだけの技量がある。

 中級の上か、上級の下――かなりランクの高い冒険者ように思える。

(援護は必要ないかもしれないけれど……)

 こういう場合は恩を売っておくに限る。


「回復はまかせて攻撃に専念してください!」

 わたしは、十分な距離を取ってからそう叫んだ。

ここまでお読みくださってありがとうございます。

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