168.取り引き/リオン視点
いい感じにレッドが煽ってくれたので、魔鉱山送りの話に真実味が出た。
(でも、レッドがあそこまで激昂するとは思わなかったな)
もっと目端が利く賢い少年だと思っていた。
ここは亜人種の集落で、見物人も獣人族ばかりだから問題ないが、これが村の外だったら大変な騒ぎになる。
獣人奴隷が声高に意見を叫ぶことなど、許されることではない。
正確には、法で定められているわけではないから叫ぶ自由はあるが、人間が権力を持つ町で同じことをすれば、石を投げられた上、騒乱罪で捕まるのがオチだ。
(彼にも色々と思うところがある、ということかな……?)
正直言って、奴隷として育った獣人族の少年が何を考えているかなど、俺には推察することができない。
なぜなら、俺と彼の育った環境は対極に位置するからだ。
むしろ推し量ることさえ、烏滸がましいと言えるだろう。
獣人族にとっては支配階級の人間など、本来は唾棄すべき敵であり、中でも俺のように地位や立場のある人間は、権威の象徴として激しく憎まれても当然なのだ。
レッドは、奴隷にしては根が真っ直ぐで素直な少年だが、体制側の人間である俺には本心を話してはくれないだろう。
彼が心を許しているのは、主人であるアリアちゃんだけだ。他の者に対しても友好的だが、大半が処世術であるはずだ。
同じパーティーの仲間であっても、彼にとってはアリアちゃんが一番であり、絶体絶命の危機に遭遇すれば、俺たちを見捨てることを選ぶだろう。誰に言われるまでもなく、自分でそう決断できる意志の強さを備えている。
主人に仕える奴隷としても、従者としても、それで正しい。俺も──恐らくクロスも、文句を言うことはないだろう。
(少しだけ、アリアちゃんが羨ましいかな)
将来有望な従者は、貴族にとって貴重な財産でもある。
そんな少年が、一瞬でも敬愛する主人のことを忘れて、激昂したことに驚いただけだ。
「レッド、後は任せてくれ」
俺は、軽くレッドの肩を叩いて、盗賊三兄弟から遠ざけた。
レッド自身、目立ちすぎたことには自分で気付いていたようだったから、言われた通りに黙って引き下がってくれた。
激昂したとはいえ、すぐに冷静さを取り戻せるのは、さすが本物の盗賊団で修羅場を潜ってきただけのことはある。まだ幼さの残る少年だが、盗賊ジョブを持つ冒険者としては、大人にも引けを取らないだろう。
「さて、君たちの選択肢は二つだよ」
盗賊たちに向き直り、俺は芝居がかった仕草で指折り数えながら、選択肢を挙げてみせた。
「一つは、減刑なしの魔鉱山送り。もう一つは、取り引きに応じて減刑されること。内容によっては、普通の金属鉱山か、平地での強制労働で済むかもね」
取り引きとは、捕獲した亜人種を売り渡す先──奴隷商会や、個人的に捕獲を依頼してきた人間について話すことだ。
亜人種狩りからの違法な奴隷売買を行う組織を潰すことは、親父と兄貴の悲願でもある。信憑性の高い話なら、俺が口添えすることで減刑くらいは可能だろう。
「ああ、選択肢はもう一つあったね。三つ目は、魔鉱山送りになる前に、ここの獣人族たちによって私刑に処せられること、かな。一応、ウェスターランドの国法では私刑は禁じられてるけど、死体は平原に捨てておけば魔物が処理してくれるから、証拠隠滅もバッチリさ!」
怪鳥ワタリが真っ先に啄みに来てくれるはずだ。
「どれも死ぬだろ!」
「魔鉱山でも金属鉱山でも大差ねえって!」
的確な突っ込みを入れてくるのは、弟と呼ばれた賊1と賊2で、長兄らしき賊3だけが僅かにまともなことを言った。
「見たところ、あんたは冒険者だろ。減刑を取り付ける権限を持っているようには見えねえが」
「司法官に友人がいてね。一筆書いてあげるよ。──信じるか信じないかは、君たちの勝手だけど」
俺は、愛用の長剣を盗賊たちからよく見える位置に持ってくる。
「この剣に誓ってもいいよ。伝があるのは本当だから」
俺の黒鞘の長剣には、細かい金細工による装飾が施されている。実家の宝物庫から、なるべく地味そうなのを見繕ってきたが、見る者が見れば一級品だということはわかる。
盗賊なら、これがどの程度の価値がある物で、どの程度の家柄の者なら所有できるか、見当が付くことだろう。貴族階級の知り合いがいるという話の裏付けには、十分なはずだ。
「わかった。知っていることを話そう」
「兄貴!」
「兄さん!」
「すまねえな、弟たち。どうせ、このままだと鉱山送りだ。それなら、おれはこの人に賭けるぜ」
弟二人が、仕方がないというように黙り込んだ。長兄の意見は絶対なのだろう。兄弟仲が良いことは、いいことだ。
「おれらの人生、どう転んでもこれ以上悪くなりようがねえしな」
どちらかがポツリとこぼした。
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