166.面通し/レッド視点
門を出て右側の人だかりは、まだそのままだった。
輪の中心には、縛られた人間が三人転がされている。
悪人面をした、ならず者臭がプンプンする男どもだ。
手脚を縛った上に、特別太い縄を首にかけられ、地面に打った杭に繋がれている。
獣人族が特別に野蛮なわけじゃない。
人間が、捕まえた獣人にする扱い──首輪を付けて鎖につなぐ──と、同じことをされているだけた。同情の余地はない。
リオンが、いつもの調子で近くの獣人に声をかける。
相手が大きな牛頭族でも、気負いも何もないのだから、逆にこっちが驚く。
「こいつらが、亜人種狩り?」
「うおっ!?」
案の定、牛の獣人族である男が、すぐ近くに人間がいたことに驚いて声を上げる。
「前に立ち寄った村で、よく似た連中を見たよ。ケチな盗賊かと思ってたけど……」
「なんだこの人間、賊の仲間か?」
牛頭族が答え、神経質そうな山羊族が棘のある口調で割り込んできた。
「まさか。俺たちも、被害に遭うところだったんだよ」
リオンの奴、上手い具合に敵意をそらしやがった。
「もし俺たちが見た奴らを捕まえてくれたのなら、この後も安心して旅を続けられると思ってね。もっと近付いて、よく見てもいいかい?」
オレも呼ばれて、輪の中心部まで連れて行かれた。
急に人間が現れたことと、その人間が猫族の獣人を従えていることで、今度は別のざわめきが起きる。
これでは、賊とオレたちのどちらが見世物かわからない。
けれどリオンは、そんなことは意にも介さない。
のほほんと賊のツラをおがんでいる。
「レッド、こいつら知ってる顔かい?」
「いや、知らねえ。オレも結構な数の盗賊団を渡り歩いたけど、こいつらの顔は見たことがない」
「新参者の可能性もあるだろう?」
「もっと若い奴ならともかく、こんなオッサンが三人そろって新参はあり得ねえよ。奴らはパーティーの中で派閥を作られるのを嫌うから、新入りは単独でしか取らねえ。三人そろっている時点で、どこかの古株なのは確定だよ」
「よく知ってるな」
「常識だよ」
「わかった。レッドがそう言うなら、亜人種狩り確定でいいな」
「それか、もっと性質の悪い“何か”だな」
たとえば、盗賊の振りをしてオレたちの馬車を襲撃した連中──オレは、あいつらは盗賊崩れの殺し屋だったのではないかと思っている。盗賊団から追い出された、野良の盗賊だと。
リオンは、三人の男を小突き回して尋問していた馬頭族の男に声をかけた。
「尋問ご苦労さん。こいつら、オレたちが見た盗賊とは違うみたいだ。亜人種狩りとして突き出したらいいよ」
「もちろんだ。だが、まずは取引相手を吐かせてからだ」
「へえ、まだ吐かないんだ?」
男どものくたびれ具合からみて、オレたちが村に到着するかなり前から、尋問が行われているのは間違いない。
山のような体躯の牛頭族と馬頭族の男二人からにらまれ、槍で小突き回されても音を上げない盗賊モドキも、なかなか根性が座っている。
馬頭族が言う。
「こいつら、自分たちは流しの盗賊であって、亜人種狩りではないと言い張って、取引相手も依頼主も、何も吐きやがらねえ」
「当たり前だ! おれたちは人攫いはやらねえ!」
「ああ。村を襲って金品を強奪することはあるが、」
賊1と賊2がわめきだした。
「うるせえ! それも十分に重罪だろうが!!」
馬頭族が、賊2が喋り終わる前に殴りつけた。
「まあまあ、落ち着いて。そんなに殴ったら、喋りたくても喋れなくなるって」
リオンは、続けて二、三発見舞おうとしている尋問係の馬頭族をなだめて、振り上げた手を止めさせた。
「ああン?」
なんか文句あるのか、と今度はリオンに矛先が向く。
「殴るなら、顔や頭はやめておこうか」
上から見下ろして凄む獣人に、ひるむことなく意見を言うリオン。
「歯が折れたり、舌を切ったりして、喉に詰まらせると死んじゃうからね。頭も、即死する危険性があるからやめたほうがいいよ。──あ、殺す気でやるなら止めないけど。殴るなら、腹がスネ辺りがオススメだね。膝を砕くのもありかな」
にっこり笑って恐ろしいことを言うリオンに、今度は尋問係がドン引きした。
でも不思議なことに、それで見物している獣人族たちの敵意が消えた。
一瞬、周りの獣人族全員の敵意を集めかけたリオンに、オレは肝が冷えた思いだった。
乱闘でも発生したら、両方をなだめるなんて器用な真似は、オレにはできない。
「君の力なら、その槍の石突きでちょっと突いてやれば、膝の皿なんか粉々だろうね」
今まで、おれたちは人攫いはやらねえ! とわめいていた男たちが、急に静かになった。
まあ、奴らの言い分もわからなくはない。
盗賊だろうと奴隷狩りだろうと、連中にも縄張りがあり、棲み分けがある。
他人の縄張りで大きな仕事をすれば、無事にその村や町から出してはもらえないだろう。こそ泥まがいの押し込みか、辻強盗くらいまでがせいぜいだ。
だからこの国もギルドも、よそ者の牽制を兼ねて盗賊ギルドの設営を許している。
全員がダンジョン探索を専門にしないシーフの集団であっても、見て見ぬ振りをしているのだ。
こいつらが流れ者であり、拠点を持たないのなら、人や動物を連れ歩くのは面倒が多い。戦利品を捌くにもツテがいる。流れ者には難しいはずだ。
(ま、オレにはどっちでもいいけど)
盗賊なんかやってりゃ、捕まったときに冤罪の一つや二つ、盛られるのはよくある。そのほうが箔が付くなんて豪語した“ 雇い主”までいたくらいだ。
(そういう業界だから、仕方ねえよな)
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