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162.ダンジョン置き去り事件②

 獣人族の二人は、適切に使えるポーションさえあれば、鼻歌を歌いながらでもダンジョンを出られる実力の持ち主だった。

 そうでなければパワーレベリングの手伝いなど、できはしない。

 怪我が全快した虎人族と人狼族は、もの凄い勢いで敵をなぎ倒して進んだ。

 わたしは後ろを付いて歩いて、ときどき治癒魔法をかけるだけだ。

 パーティーの在り方として正しいのかどうか、よくわからなかったけれど、とにかく順調に第一階層を目指してダンジョンを上った。

 

 ダンジョンには、スライムのような物理攻撃が効き(にく)い魔物もいたけれど、二人は腕力だけで強引に切り抜けた。

 巨大スライムさえ、剣だけで倒してしまえるのだ。

(時間ばかり食って割に合わない、と文句は言っていたけれど……)


 そう。あのダンジョンには、ビッグスライムという、スライム種の親玉が棲息していた。

 普通のスライムと違って、禍々しい緑色をしていて、ずっと強力な酸を吐く巨大な粘塊(ねんかい)

 それを倒すと、中からボロボロになったエルフの少年が現れた。

 スライムの保存食として、体内に取り込まれていたようなのだ。


 (おび)えきった真正エルフの男の子は、どこかの冒険者パーティーで、荷物持ちをやらされていた奴隷だった。

 契約の首輪をしていたけれど、すでに所有者が死亡しているようで、行動を制限する魔法は無効になっていた。

 この少年の所有者である冒険者は、大量の魔物に抗しきれずに死んだのだろう。あるいは、少年を囮に逃げようとして、失敗した。

 どちらにせよ彼は、自由の身になったのだ。

 

 スライムの体内がどうなっているかは知らないけれど(知りたくもない)、(おぼ)れたような状態になっていた少年は、治癒魔法をかけたら大量の粘塊を吐き出した。

 衣服も皮膚も至る所がスライムの溶解液で焼け(ただ)れ、緑色の汚泥にまみれ、十分に虫の息だったにも関わらず、確かに彼は生きようとしていた。


 自力で、スライムの残骸から脱出するべく、手を伸ばしたのだ。

 わたしたちは少年を助け、浄化と治療を施した。


 *


 本来なら、エルフという種族には希少価値がある。

 亜人種は総じて身分が低く、町中で見かける者のほとんどが奴隷だけれど、純血種のエルフは別格なのだ。

 希少価値の高い亜人種族には、他にも鬼人族や天狐族、妖精族や竜人族などあり、たいていは貴族や豪商がステータスとして従えている。

 一般的な雑役用の奴隷と違って、観賞用や愛玩用として、奴隷の中では珍しく大切にされる種族なのだ。

 間違っても、ダンジョンで荷物持ちをやらされ、魔物の餌にされるような種族ではない。


 ハーフエルフでさえ、他の亜人種奴隷からは一目置かれる値段になる。

 奴隷商会では、真正エルフは高価過ぎて手が出せないという人間のために、廉価な下位互換として取り揃えているところが多いのだ。

 たとえ真正エルフの代替品でも、獣人族よりは遥かに高い値段で取引される。

(……って、前にレッドが教えてくれた)

 そこには、奴隷社会の中での貴族と平民のような格差があった。


 少年エルフが荷物持ちとして、冒険者パーティーに連れられていたのには理由があった。

 何かの怪我で、真正エルフの特長である長耳の先端が千切れてしまっていたのだ。

 そうなると、一気に種族的な価値がなくなってしまい、雑役に使い倒せる獣人族よりも価値が下がる。


 正規の値段で取引される真正エルフならば、中級者向けのダンジョンで死ぬ程度の冒険者が、連れて歩けるような値段ではない。

 買い切りだろうと契約だろうと、ギルドランクAやSの名誉冒険者でなければ、エルフを買えるほどに稼げる依頼は回ってこないのだ。


 おそらく、少年は欠損奴隷として捨て値で売られた。

 それを冒険者たちが買い叩き、パーティーの荷物持ちとしてこき使っていたのだろう。

 少年の身体には、スライムにやられたのとは別に、いくつもの痣や傷痕が残っていた。


 スライムの中で溶け残っていた荷袋は、少なく見積もっても少年の背丈より大きい。アイテムや食料も、たくさん残っていた。

 けれど、それらが少年の口に入る機会は少なかったのだろう。

 痩せっぽちの少年は、背丈より大きな荷物を背負わされ、大人たちの行軍について歩かされ、さらには食事当番や魔物の解体など、色々な雑用をさせられていたに違いない。

(そして、些細なことで暴行を加えられていた……のでしょうね)


 わたしは繰り返し浄化魔法をかけ、少年の身体からスライムの粘液を洗い落とした。

 治癒魔法は、ノアさんとジャックさんに止められるほど何度もかけ、全身の至る所にあった火傷を治した。


 今なら一度の上級治癒魔法で完治させられるような怪我だけれど、あのときは中級の治癒魔法しか使えなかったから、回数を重ねて少しずつ治すしかなかったのだ。

ここまでお読みくださってありがとうございます。

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