161.ダンジョン置き去り事件①
おそらく、わたしの魔力暴走と魔物のスタンピードが偶然に重なったのだ。
そうとしか考えられなかった。
わたしは魔力暴走で意識が飛んでいたから、そのときのことを覚えていない。
気がつくと、辺りは死屍累々の状態だった。
小指と脚の腱は再生していた。
そのとき改めて、自分が化け物なのだということを自覚した。
傷の治りが早いとか、毒が効かない程度のことではない。欠損部位の再生までするなんて、回復力の高い獣人でもあり得ないことだからだ。
(お父様が「秘匿すべき化け物」なんて言って、存在を隠し通そうとするわけよね……)
貴族の家からこんな化け物が生まれたと知られるのは、亜人種の私生児が存在するよりも外聞が悪い。
休憩を取っていたダンジョン内の小部屋には、少し前までパーティーを組んでいた男性冒険者と、四人の女性冒険者の死体が転がっていた。
彼らが戦って倒したのであろう、何体かの魔物の死体もあった。
けれど結局、五人の冒険者たちは負けてしまったようで、魔物に八つ裂きにされていた。
直接の死因が、わたしの暴走した魔力ではなさそうだったから、少しだけほっとしたのはここだけの話だ。
わたしは彼らの死体から、使えそうなアイテムと食料を盗り、ダンジョン脱出を目指した。
着替えも装備も現金も、魔法鞄ごと頂いた。
冒険者の義務は果たさなかった。
彼らの冒険者カードを回収し、届け出るようなことは、微塵もする気が起きなかった。
自分を殺そうとした者たちである。
誰にも報告されず、弔いもされず、ダンジョンで野垂れ死にした哀れなで愚かな冒険者だと噂されればいい──そう思った。
(殺人未遂の罪が公にならないだけ、ありがたいと思ってほしいものだわ)
わたしは、たとえ生きてダンジョンを出られたとしても、彼らの所業を訴える気はなかった。
届け出たところで、どうせ言いがかりをつけられるに決まっている。
下手をすると、逆にこちらが冤罪で捕まる恐れがある。
亜人種の人権など、ないに等しいのだから。
五人の悪徳冒険者は、魔物に襲われ、戦って死んだ。
なのに、気を失っていたわたしは何事もなく生きている。
魔力暴走のせいで魔物が近づかなかったのだとしても、無傷はおかしい。
魔物に咬まれた傷も、指や腱と一緒に再生したのだとしても、それすら記憶にないのはおかしい。
(いくらなんでも、咬まれたら目が覚めると思うのだけれど……)
正直言って、あのダンジョンでの出来事には、疑問がいくつも残っている。
(だから余計に、冒険者カードを届けに行けないのよね)
子細を尋ねられても、ほとんど何も答えられない。
けれど生活に支障はなかったし、正直言って思い出したくもなかったから、運良く助かったのだと信じることにしていた。
ダンジョンは、とても初心者が単独で脱出できるような難易度ではなかったけれど、わたしには恩寵の右目があった。
人工的な遺跡風のダンジョンで、無数の部屋が連なったような構造であることも幸いした。
道順は全て記憶していたから、最短で転移装置のある部屋まで進めた。
隣の部屋や、部屋の前の通路くらいならば、右目の能力を使って様子を探ることができた。
魔物がいなくて安全に休める部屋も探せた。
パーティー戦では役に立たないと言われ続けてきた近距離の索敵と、遠見の能力が思いのほか役に立った。
通路の前から魔物がいなくなる隙を狙って移動し続け、なんとか、第一階層に飛べる転移装置がある部屋までたどり着いた。
ところが、肝心の転移装置は壊されていた。
アイテムを使い切ってしまったから、もう、魔物を躱しながら、戦闘を避けて移動する方法は使えない。
スタンピードで大半の魔物が下層から上層へ移動したらしく、今までは出会う魔物の数も少なかったけれど、階層を上がるにつれて、魔物の数は増えていた。
通路を塞いでいる魔物の数も多くなり、転移部屋から出ることもできなくなった。出たところで、増えた魔物から逃げ切ることはできないだろう。
絶望した。
そこで出会ったのが、獣人族の男性たちだった。
虎人族のノアさんと、人狼族のジャックさん。
彼らはパワーレベリングの手伝いという仕事で、このダンジョンに来ていた。
驚いたことに、奴隷ではなく独立した冒険者だった。
中級のベテラン冒険者で、時には傭兵もやるような凄腕だった。
二人は率先して魔物を引きつけ、雇い主を逃がした。
雇い主の貴族は、転移装置を使って第一階層まで逃げ延びた。
けれど、その直後に転移装置は向こう側から破壊されてしまったのだそうだ。
(スタンピードのときには必要な措置らしいけれど……)
見捨てられたことに変わりはない。
わたしは、瀕死だったこの二人に治癒魔法をかけて回復させた。
大量の魔物を引きつけて戦い、怪我を治すためのアイテムがなくなり、体力も尽き、死んだも同然の有様だったのだ。
実際、彼らが倒した魔物の死体に埋もれていて、血みどろでピクリとも動かなかったから、最初は死んでいるのだと思っていた。
それが突然、わたしの気配に気づいて動き出したから、アンデッド化したのだと思って死ぬほど驚いた。
話してみたら、瀕死だったけれどまだ生きていたし、アンデッドでもないとわかった。
ダンジョンで助けた獣人族と言ったら、この二人以外にはいない。
(でも、助けたと言えるのは最初だけで、あとはダンジョンを出るまでずっと、助けられていたのはわたしたちのほうなのに……)




