160.お姉さんの情報網
シアンと出会ったのは、あるダンジョンの下層だった。
中級の治癒魔法が使えるようになったわたしは、調子に乗っていたのかもしれない。
何度かギルドで見かけたことのあるパーティーに声をかけられて、一緒にダンジョンに潜ることになった。
中級冒険者ばかりのパーティーで、リーダーの男性と四人の女性メンバーからなる五人編成だった。
わたしはゲストとして、そのパーティーに加わった。
レベル上げのため、実力より少し上のダンジョンに挑戦するつもりだということで、専門の回復役を探していたと言われ、納得してしまったのだ。
魔法使いの女性もいたけれど、雰囲気からして攻撃魔法のほうが得意そうだったから、そういうものかと思っていた。
知らない男性ばかりのパーティーから、ダンジョン攻略に誘われたのなら、警戒して断っていたかもしれない。
けれど、リーダーの男性はギルドで見かけたことがある人で、特に問題視されている人でもなかったため、うまい話でも疑うことをしなかった。
何より、女性が多いパーティーだったから安心して同行を決めた。
思えば、そこから全て間違っていたのだ。
ギルドで問題視されている冒険者というのは、誰が見てもすぐにわかる。
カウンターで大声を上げるクレーマーだったり、新人イジメを繰り返す人物だったり、連れている奴隷の扱いが酷かったりと、横柄で態度が悪いので皆に距離を置かれている。
(それでも、依頼達成率が高いとか、戦闘時には頼りになるとか、何かしらの理由があるから冒険者を続けていられるわけだけれど……)
次には、依頼先での評判が悪い者だ。
依頼の達成率が低い、依頼人とトラブルを起こす、過剰な接待を要求するなど、不評が積み重なっている者は、受付カウンターでの扱われ方も違う。
信頼できない者に、お得意さんからの依頼を渡すわけにはいかないので、よく受付で押し問答をしている姿が見られる。
そして一見してわからないのが、人間関係に問題がある者だった。
平たく言えば、男女関係のもつれが激しい者という意味である。
ギルドで受付嬢を口説いている男性冒険者者は多いけれど、それ自体は社交辞令のようなものらしいので、見た目や態度だけでは判別ができない。
そもそも、冒険者個人の男女関係がどれだけ爛れていようと、ギルドの関知するところではない。依頼達成に差し障りがなければ、二股だろうと三股だろうと、知ったことではないのだ。
性癖についても同様。
個人がどんなプレイを楽しもうと、どんなフェティシズムを持っていようと、依頼さえ確実にこなしてくれれば、私生活には介入しない。
ウェスターランド王国の国法に大きく反していなければ、見て見ぬふりをするものである。
(……っていうか、ギルドの受付嬢さんたちも知りたくないでしょうし)
つまり、男性冒険者がハーレム・パーティーを築いていようと、女性冒険者がパーティー内でお姫様やマスコットのように扱われていようと、パーティーとして機能している限り、ギルドとしては咎めることはしない。
(たまに冒険者同士で釘を刺したり刺されたり、ということはあるらしいけれど)
近所のお姉さんたちが、冒険者の客から聞いた噂話を、たまに教えてくれたのだ。
そういった情報は、花街の女性たちの間で共有され、危険な客を回避するために使われている。
けれど休日の朝のお茶会では、こないだ客に取った冒険者の誰々が何フェチだとか、あのパーティーは全員ヤバい性癖持ちだから気をつけろとか、誰々が素人の女の子に手を出して食い荒らしているとか──本当に危ない人物の情報だけは、わたしにも共有してくれた。
一度、首に絞められたような痣を付けたお姉さんを見たことがある。
痣を消す薬を求められたので、慌てて、薬を塗る振りをして治癒魔法を使った。
お姉さんは、一歩間違ったら事の最中に殺されていたかもしれないのだ。
それ以来、お姉さんたちの話は真剣に聞くようにしていた。
おかげでヤバそうな冒険者は避けることができたし、変なナンパにも引っかからなかった。
(──もっとも、前髪で顔の半分近くを隠した、胡散臭い小娘に声をかける物好きはいなかったけれど)
後から噂に聞いた話では、わたしを騙して殺そうとした例のパーティーは、界隈では有名なハーレム・パーティーだったらしい。
リーダーの男性冒険者は、パーティーの女性全員と関係を持っていた。
イーリースお継母様からの依頼を受けたのは、魔法使いの女性で、パーティー全員がグルだった。
彼らは、わたしを魔力切れの状態にしてからダンジョンの下層に置き去りにし、探索中の事故に見せかけて殺すつもりだったのだ。
最初から、そのつもりでパーティーに誘ったのであって、わたしが回復役として相応しかったからではない。
愚かなわたしは、それらの事実に一つも気づかず、彼らの思惑通りダンジョンの下層に置き去りにされた。
ハーレム・パーティーであるが故に、リーダーの男性は外で女性を買うことが少なく、お姉さんたちの情報網に補足されていなかったのだ。
彼らは、逃げようとするわたしの足の腱を切って動けなくしてから、事に及ぼうとした。
ただしダンジョン内の死体は、時間が経つとダンジョンに吸収されてしまう。
そのため、彼らはわたしを殺した証拠に──正確には、深い階層に置き去りにした証拠として──わたしの左手から小指を切り取った。
討伐の証にゴブリンの耳を切り取るのと、同じようなものである。
鑑定魔法で鑑定すれば、わたしの指だということがわかる。
指が届けば、お継母様はさぞかし満足することだろう。しかも、ダンジョンの下層に置き去りだ。いくら死なずの化け物とはいえ、複雑な迷路となっているダンジョンからは出られない。そうなれば死んだも同然であると、殺し方を指定しなかった自分を自画自賛したかもしれない。
もしくは、冒険者カードに人殺しの称号が付かないよう、自分の手を汚さず、姑息な手段を選んだ魔法使いの女性を褒めちぎったかもしれない。
(でも、わたしは死ななかった)
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