159.追い剥ぎ
「シアンって誰だよ」
窓辺の子供たちに手を振りながら、レッドが言った。
「エルフの男の子よ。わたしと違って、真正エルフなの。レッドと出会うより前、ダンジョンで知り合ったの」
手を振るのをやめてレッドのほうを見ると、子供たちに向けていた笑顔がいつの間にか消えていた。
そして、真顔で言われたのがこの台詞である。
「戦えもしねえくせに、なんでダンジョンなんか潜ってんだよ。バカじゃねえの」
「……そのときはパーティーを組んでいたのよ」
かなり問題のあるパーティーだったけれど。
「アリアちゃん、俺たちも詳しく聞きたいかな」
リオンはそう言うけれど、クロスはさっさと魔法薬学大全第一巻を出して写本の準備を始めていた。
「そうね。リオン、ごめんなさい。せっかく庇ってもらったのに、わたしが鎌を掛けられて引っかかってしまったから……」
リオンの気遣いを無駄にしてしまった。
「仕方がない。ああいう話術は、慣れた者でも気を付けていないと引っかかる」
クロスが本から顔も上げずに言う。
「気にしなくていいよ。それに、あの門番さんは鎌を掛けたつもりはなかったと思うよ」
「そうなの……?」
うん、と強くうなずくリオン。
「信用していいぞ。こういうとき、リオンは絶対間違わない」
「そうね、わかったわ」
気を取り直してシアンの話をしようとして、ふと横を見ると、なぜかレッドがむくれている。
(?)
わたし、何か怒らせるようなことを言っただろうか……?
数分前からの発言を思い返してみるけれど、心当たりが見つからなかった。
レッドには面倒ばかりかけているから、呆れられても仕方がない。
本心では愛想を尽かしているとしても、奴隷としての契約があるから、渋々従っているだけかもしれないのだ。
盗賊ギルドで殴られたり蹴られたりするよりはマシだから、私の歓心を買いたいだけかもしれない。
わたしが、いずれ奴隷身分から解放すると言ったから、その日まで我慢して従者ごっこに付き合ってくれているに過ぎない。
(本当は、冒険者になりたいのに)
馬車での死闘のときには、契約魔法で縛って、本当に死ぬような目に何度も遭わせてしまったのだ。
また同じことが繰り返されるかもしれないと、わたしの迂闊な発言に苛立ったとしても仕方がない。
平気な振りをしていても、後で思い出して腹が立つことだってある。
わたしだってそうだ。
あのときの冒険者たち──最期は生きたまま魔物に貪り食われたようだけれど──決して同情などできない。したくない。
むしろ、今では“ざまあ見ろ”と思っている。
だけど、事情が事情なので、今まで誰にも話したことはない。
なぜ騙される羽目になったのかといえば、わたしが伯爵家の出身であることを話さなければならなくなる。
話せば、そこから辿られて、遠からずお継母様の刺客に見つかってしまう。
お継母様の刺客は気まぐれにしか現れないけれど、だからこそ怖い。忘れたころに、油断した隙を見計らって襲われるのは御免である。
だから、本当のことは警戒して誰にも話さなかった。
ダンジョンで助けてくれた獣人族の二人にも、具体的に何が起きたか、詳しいことは話していない。
ダンジョンの下層で置き去りにされた、と言えばそれだけで納得してもらえた。
彼らにとっては珍しくもないことだし、シアンも同じようなものだ。それ以上の説明は必要なかった。
確かにあの冒険者たちは最低だったけれど、わたしも冒険者カードを持つ者として、あのダンジョンでは人には言えないことをやった。
生き残ったからといって、吹聴できるような話ではないのだ。
あの日、わたしは初めて死体から物を盗んだ。
死人の持ち物を奪うことは、禁止されてはいないものの、褒められた行為でもない。
ダンジョン内では探索中に物資が枯渇することも多いため、暗黙の了解として認められているようだけれど、地上で待っている遺族や仲間にとっては、その限りではない。
家族や仲間が帰ってこないだけでなく、形見であり遺産でもある金品やアイテムを奪われ、捨て置かれるなど、感情的に認められるわけがないのだ。
だから、緊急避難として借りたのならば、後で報告しなければならない。
関係者に礼を尽くすことは、冒険者としての義務なのだ。
ダンジョン内で死んだものは、人も魔物も、時間が経てばダンジョンに吸収されてしまう。そのため、死人を見たらそれがアンデッドでない限り、できるだけ冒険者カードを回収してギルドに届ける必要がある。
それをしない、ギルドに報告もしない、冒険者カードの回収もしないのでは、ただの盗人と変わりがない。
基本的に地上でも同じルールだけれど、地上の死体は旅人や村人も見つけてくれる。時間がかかっても、いずれ遺族には誰かから報告されることになる。
けれど、ダンジョンに入れるのは冒険者だけだ。
ダンジョンで吸収される前の死体に出会うことは稀なので、それを無視したことを知られると、高い確率で非難される。
ダンジョン内には、死人の持ち物を専門に狙う追い剥ぎが生息していることがある。
時には自ら死人を作り出してでも、アイテムを奪おうと待ち構えているのだ。
彼らは、自分たちを魔物ではなくダンジョン探索中の人間であると思わせて、油断したところを襲うという。
実際に出会ったことはないけれど、ギルドの初心者講習ではそういった人間に対する注意も受ける。だから新人は単独で活動してはならないのだ、と。
あの日、わたしは追い剥ぎの真似事をした。
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