155.君の名は③騎士様の物語
「剣士の兄さんにそこまで言われちまったら、仕方がねえ。嬢ちゃんに名前を聞くのは諦めるよ。変質者呼ばわりされて引っ叩かれるよりゃ、マシだ」
一触即発の雰囲気になったのは一瞬だけで、最後にはリオンの主張通り、獣人族のおじさんの側が折れてくれた。
リオンの勝ちである。
勝ち負けではないかもしれないし、原因のわたしが単純に喜んでいいのか、よくわからないけれど、とにかく平和的に解決した。
誰も剣を抜かず、魔力で威嚇することもなく、槍を向けられることもなく、平和的に解決したのである。
そこまでの課程では、言い争いにさえならなかった。
話術だけで穏便に解決してしまったリオンには、ほとほと感服してしまう。
終始、リオンの口調は温和なのだった。
正論を展開していても、決して押しつけがましくなく、高圧的にもならない。
獣人族を下に見ることもなく、あくまでも対等に話すから、獣人さんも敵対する口実が見つからなかったのだ。
(たぶんクロスなら、舌鋒鋭く獣人さんたちをやり込めているでしょうね……)
同じように剣も魔力も使わずに解決したとしても、結果は違っていただろう。
クロスは、亜人種が賤民扱いされている事実には、あまり興味がないようなのだ。かといって、魔力量や属性で貴賤を分けているのでもない。
対等な立場に立った上で、淡々と事実と正論を突きつけて、獣人さんたちに反論の隙を与えなかったに違いない。
イザークさんは、族長からの人探しの命令を遂行できなくて不満そうだったけれど、先輩格である茶耳さんに諫められ、吠えるのをやめた。
噛みついては来ないけれど、恨めしそうにじっとこちらを見つめてくるので、居心地が悪くなったわたしは、リオンの陰に隠れるように移動した。
レッドも、わたしを庇う位置に立ちはだかってくれているのだけれど、上背が違うので、リオンの背中のほうが隠れやすかったのだ。
(正義感……なのかな)
わたしの尊厳を守ろうとしてくれた……と思ってしまうのは、少し驕りが過ぎるかもしれない。
(追っ手持ちであるのは事実だから、強めに警戒した結果……だよね)
あとは、愛玩用の亜人種奴隷を買うような男だと思われたくなかった──のかもしれない。
獣人さんが折れてくれたのも、リオンのように亜人種への差別意識が薄く、むしろ理解がありそうな貴重な人間を、敵に回したくないという気持ちもあったのかもしれない。
本当のことはわからないけれど、とりあえず穏便に収まった。
ただし、何かあったらリオンが全ての責任を被ることになる。
わたしを保証したのはリオンだから、わたしが冤罪か何かで捕まれば、連帯責任や共犯というかたちで、リオンもこの集落の人たちも一蓮托生となってしまう。
イーリースお継母様の罠にはまれば、十中八九、冤罪で処刑される。──さすがに断頭台にかけられたら、死なずにいられる自信はない。
集落は犯罪者を匿った罪で解体され、獣人は全員、奴隷として捕まるだろう。
追っ手に捕まって殺されれば、冤罪は免れても、見つかって追いつかれている時点で、リオンと集落の巻き添えが確定する。
リオンは一介の冒険者として捨て置かれたとしても、集落の獣人は口実をつけて狩られるだろう。そうすれば、わたしを保証したリオンは獣人族から恨まれる。
そんなリスクを負ってまで守る価値が、わたしにはあるのだろうか──?
リオンには、旅の途中で知り合っただけの、明らかにワケありの少女──しかもハーフエルフもどきを、剣に懸けてまで守る義務はない。
そこまでしてもらうような、特別な関係ではないのだ。
(わたしは“騎士様”が剣に誓って守るほど、価値ある存在ではないのよ……)
秘匿すべき化け物と呼ばれ、伯爵家から体よく追放された身だ。
女の子なら、誰もが憧れる“騎士様”みたいな男性に、剣に懸けてまで守ってもらえるような“お姫様”ではない。
(もはや貴族令嬢でさえないのに……)
お父様もイーリースお継母様も、とっくにヴェルメイリオ家の家系図から、わたしの存在を抹消しただろう。
家族の肖像は、わたしが寄宿学校から一時帰宅したときにはすでに、シャーリーンの姿絵と入れ替えられていた。
(だって、貴族の家に生まれながら、亜人種同然の容姿をしているなんて、あってはならないことだもの)
リオンは、栗毛の馬に乗る冒険者であり、ジョブは剣士だ。属性は水で、剣士にしては器用に魔法を使うけれど、物語に出てくるような白馬の王子様でもなければ、騎士様でもない。
燻んだ金髪には、しょっちゅう寝癖がついているし、二枚目というよりは二、五枚目というほうが相応しい。
それでいて、リオンは十分に“騎士様”の要件を満たしていた。物語やお芝居の中で、お姫様を助ける役の“騎士様”である。
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