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153.君の名は①身バレNG

 一瞬、全員の中に緊張が走った。

 わたしは思いがけない呼びかけに驚いて、つい、ビクッと動きを止めてしまった。

(まさか、平原の集落(こんなところ)にまでイーリースお継母(かあ)様の手が回っているの……!?)

 レッドが、わたしと茶耳さんの間に割って入るように素早く立ち位置を変えた。武器こそ抜かないものの、警戒しているのがはっきり伝わってくる。

 レッドが本物の猫だったなら、バリバリに毛を逆立てて(うな)っていただろう。


「おいおい、そんなに警戒しないでくれ。人を探しているだけだと言っただろ」

「探してどうする気だよ」

 獣人同士ということもあってか、レッドが警戒心丸出しのぞんざいな口をきく。

「族長と、その盟友の命の恩人だ。見つけたら手厚くもてなせ、困っているようなら助けてやれ、と厳命されている」


 心当たりがない。

 たぶん、わたしのことではないのだろう。

 とりあえず、イーリースお継母(かあ)様とは無関係のようで、ほっとした。


「お嬢ちゃん、うちの族長の名前を知っているか?」

 族長も何も、ここが獣人族の集落だということが(うっす)らとわかるだけで、何という名前の村なのかもわからない。

 わたしは“知らない”と首を振った。


「でも、族長に聞かされた話と全く同じだ。亜麻色の髪に、紅玉と薄紫の虹彩異色(オッドアイ)。髪で片目を隠していたから、一見ヒト族と見間違うようなハーフエルフだったと。──君、もしかして治癒魔法が得意だったりしないか?」

 黒耳さんが食い下がった。

「イザーク、あんまりしつこくするな。また変質者扱いされるぞ」

「う……でも!」


 変質者扱いされた経験は、あるのね……。

 確かに、初対面の女の子にいきなり名前を聞いたり、しつこく質問を重ねれば、職権を濫用している変な人と思われても仕方がないかも。

 イザークという黒耳さんは、族長の命令に忠実なのだろう。

(名前を言うまで、付きまとわれそう……)


 けれど、ここで名前を言ったら、イーリースお継母(かあ)様の追っ手が来たときに、手がかりを与えてしまうことになる。

 獣人族の兵士とはいえ、魔装兵団のような格上の相手に脅されたなら、喋ってしまうかもしれない。

 

“ここにアリアという娘が来なかったか?”


 この程度の問いなら、イエスかノーで答えるくらいは問題ないと思われてしまうだろう。

 秘密というものは、そういう些細な積み重ねが原因で暴かれてゆくのだ。

(私の場合、名前を言わなくても、容姿だけで特定されそうだけど……)

 亜麻色の髪で、虹彩異色(オッドアイ)のハーフエルフと言えば、普通の人間よりも特定は容易い。

 

 これが王都の雑踏の中であれば、名乗っても構わない。

 名前を知られたくらいでは、大勢の中から見つけ出されることはない。地の利がある場所ならば、逃げ隠れすることもできる。

 王都のように色々な人が行き交う場所では、意外と名前を名乗らなくても生活できるものなのだ。隣近所に住んでいる、顔は知っているけれど名前は知らない、という人もたくさんいる。

 容姿だけ、名前だけという条件では特定されにくい。


 でも、こんな平原の小さな集落では駄目だ。

 小さな集落の中では、村人は互いの顔と名前を把握している。把握できる程度の人数なのだ。悪意がなくても、むしろ善意であっても、余所者の情報はすぐに知れ渡る。

 他の集落が隣接しているわけでもない。

 この集落からすぐに行ける、別の村や町も限られている。

 わたしがこの村に現れたことが知られれば、次にどこに向かうかは、イザークさんや茶耳さんを締め上げて吐かせなくても予測がつく。


 そんなことを考えていると、イザークさんがさらに言い(つの)った。

「何年か前に、ダンジョンで獣人族の男性を助けたことはないか?」

 そこにリオンが(かぶ)せて言う。

「探しているハーフエルフの名前はなんていうんだい? こちらにだけ情報を開示しろというのはフェアじゃないよ」


「それは言えない。名前を広めれば恩人に迷惑がかかる」

「名前だけ(かた)った偽物が現れても困るしな」

「族長に引き合わせれば、すぐに真偽は明らかになるが、偽物ごときで族長の時間を奪うわけにはいかない」

 黒耳(イザーク)さんは頑固というか、忠実であり、堅物のようだ。

(犬族獣人って、真面目な人が多いのかな……?)


 茶耳さんが、理解してくれと頭を下げた。

「ヒト族はもちろん、亜人種であっても、素性を偽るような(やから)を集落の中に入れるわけにはいかねえ。そいつが亜人種狩りを手引きしないとも限らないからだ。亜人種であっても、脅されて従わされている場合だってある。こっちも自衛しなけりゃなんねえんだ」


「事情は理解するけれど、彼女に名乗りを強制することはできないよ。彼女には彼女の事情がある。身分(・・)を明かすことはできないが、怪しい者でないことは俺が保証する」

 この剣に誓って、とリオンは優美な黒鞘の愛剣を示して言った。

 毅然とした態度で、当然のように(かば)ってくれるリオンだけれど、わたしは感謝と同時に申し訳ない気持ちにもなった。

ここまでお読みくださってありがとうございます。

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