150.二日酔いと魔力酔いと薬草③
そして(ここが大事なところなのだけれど)、魔法薬を作るのに、魔力属性は必要ない。
どの属性でもいいから魔力と、それを使いこなす技量さえあれば、努力次第で生成できるようになる。
作るものが薬でも、お料理やお裁縫と同じで、材料を揃えて手順通りにやればできるものなのだ。
人によって得意不得意はあるけれど、魔力と、レシピを読み解く力があればできる。
だから、ギルドの講習で手ほどきを受ければ、駆け出しの魔法使いでも、薬草から回復薬を作れるようになるわけだ。
──などと思い巡らしているうちに“濃縮された薬草茶のエキス”はできあがった。
容器に入れた薬草を魔法でギュッとやって、味を調整したら完成である。
お茶として飲むなら、薬草特有の味も適度に薄まって飲みやすくなるけれど、濃縮したものはそのままではキツい。
そこで、マイルドにするための材料として、ある種の木の根を乾燥させた木片を粉末にして加えているのだ。料理で言うところの、隠し味のようなものである。
わたしは、カップに入れた濃い緑色の液体を、はいとクロスに差し出した。
「……」
黙って受け取ったクロスは、まじまじとそれを見て言った。
「鑑定していいか?」
「どうぞ」
例の鑑定石(鑑別石)の出番である。
水薬として瓶に入っているならまだしも、カップに三分の一ほど入っているそれは、見た目がただの緑色の液体だから、怪しまれても仕方がない。
「なんなら、毒見でもしましょうか?」
あ、しまった。わたし、毒耐性があるから毒物を飲んでも、倒れたり苦しんだりしないのだった。他人には真偽がわかりにくいだろう。
かと言って“こういう毒物が含まれています”または“含まれていません”と述べたところで、作った本人の言葉だから信憑性もない。
最初のころ──イーリースお継母様に毒を盛られたばかりの頃こそ、七転八倒して苦しんだけれど、今では調味料の味利きをする程度のことでしかない。
「疑っているわけじゃあない。作業の一部始終をこの目で見ているんだ。毒物なわけがないだろう」
クロスが例の鑑定石を取り出して、薬草茶のエキスを鑑定しはじめた。
わたしも近寄って鑑定結果を見る。
薬の完成度は、いつも右目の簡易鑑定で確認しているけれど、数値として正確な出来具合を見たことはない。
わたしの右目には、索敵や遠見、古代語その他の翻訳、見たものを写し取る能力の他に、簡単な鑑定スキルのようなものまでが備わっている。
ベテラン冒険者なら、鑑定スキルがなくても、手に取ったアイテムが価値のある物か、そうでないものか、呪われているかいないか、ざっくりとわかるものだ。経験による勘というやつである。
その勘と同程度の能力が、右目に恩寵として備わっているのだ。
勘だから、数値は見えない。
冒険者が持っている“鑑定スキル”の下位互換のようなものだ。
薬も、正しく完成しているかいないか、何の薬であるか、効能もおおまかに上中下くらいしかわからない。
納品の際、ギルドで鑑定してもらって初めて詳細がわかるのだ。
右手にカップを、左手に鑑定石を持ったクロスが唸る。
「これはレアものだぞ」
鑑定石の表面には“失われた魔法薬 神代の二日酔い回復薬(上級)”とあった。
「何……これ……?」
二人して鑑定石をのぞき込み、首をひねった。
わたしが生成したのは、二日酔いに効く薬草を濃縮しただけの代物であって、魔法薬ではない。ただの薬草の濃縮液だ。
鼻につく匂いを和らげるために、ちょっとだけ隠し味を入れただけの代物であって、ギルドでも買い取ってくれない種類のアイテムだ。材料は、家庭の常備薬レベルの薬草茶だ。
「錬金術を使わずに薬草から濃縮エキスを生成する魔法技術は、既に失われている」
「体力回復役とかの魔法薬は同じ要領で作れるのだから、今さら“失われた”と付けるほどのことではないでしょう?」
魔法でギュッと作れるのは、初級の魔法薬も、わたしの薬草濃縮エキスも大差ない。
「現代の魔法薬は、製法が確立され、固定されている。アレンジの余地はない」
「つまり?」
「現代の魔法薬にないものを、平然と魔法で作れる時点で、十分に異常だ」
「魔法薬学の本に載っていたわよ」
「そんな本が巷に出回っているわけがない」
なんか言い掛かりをつけられたので、わたしは荷物から例の古本を取り出して、クロスの眼前に突き付けた。
魔法鞄の一番底に入っていたのを、無理矢理に引っ張り出したから、バッグの中身がぐちゃぐちゃになった。
魔法鞄というのは、魔法で空間の大きさを変えているだけだから、整理整頓の仕方によっては容量の上限が多少変わる。
レッドは、その性質を理解して上手くパッキングしてくれていたのだけれど、これは後でまた本を収納するのを手伝ってもらわなければならないだろう。
突き付けた古い本は、全て古代語で書かれている。
魔法と魔法陣に関する部分には、古代魔法語が使われていた。
(まあ、わたしは右目の恩寵で苦もなく読めるわけだけど……)
魔法薬学大全の第一巻、基礎編には薬草から薬効成分を抽出する魔法や、水薬や粉薬への加工方法が書かれていた。全て、古代語と古代魔法語で。
クロスが本を見て絶句していた。
「この本をどこで見つけた?」
「古書店」
裏通りにある、大衆娯楽しか扱っていない小さな店だ。安っぽい装丁の本ばかりで、棚に入らない大きな本は、まとめて床に積んであった。
よく見せてくれ、とクロスは鑑定石とカップをわたしに押しつけ、本を手に取った。
わたしは本を手放し、トレー代わりにした鑑定石の上に“上代の二日酔い回復薬(上級)”を載せ、捧げ持つような体勢になった。
(鑑定石の扱い、こんなのでいいのかしら……?)
「これを最初から最後まで読み通したのか」
本をペラペラと捲っていたクロスが言う。
「ええ。役に立ったし、面白かったわよ」
呆れたように、クロスが頭を抱えた。
「この内容を、読んだだけで実践できる者は滅多にいないぞ。オレが知っている者では、師匠だけだ。それを、事もなげに“面白かった”とは……」
「現代魔法よりも、わかりやすかったわよ。偽構文が入っていないもの」
「普通は、一般古代語と古代魔法語が入り混じっている時点でお手上げだ。専門家でも、一冊解読するのに数年はかかる。暗合が使われていたら、もっとだ。論理を検証し、魔方陣を転写し、記載通りに魔力を流せるだけの技量を習得するまでには、さらに数年を要する。オレでも無理だ」
頭痛がしてきたと言うので、わたしは鑑定石の上に乗った“神代の二日酔い回復薬(上級)”を勧めてみた。鑑定石を給仕用のトレー代わりにする魔法使いなど、前代未聞ではなかろうか……。
「これ、飲んでみたら?」
ご立派な名前が付いたところで、ただの薬草茶の濃縮エキスであることに変わりはない。味は美味しいとは言えないけれど、効果はお姉さんたちのお墨付きだ。
「こんなレアもの、飲んでしまうのがもったいない気もするな」
「材料さえあれば、いくらでも作れるわよ。必要なら、言ってくれればまた作るわ」
意を決したように、一気に“神代の二日酔い回復薬(上級)”を呷ったクロスが言った。
「その本、後で書写させてくれ」
「いいわよ。同シリーズがあと11冊あるけど、それも写す?」
魔法薬学大全は全十二巻だった。
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