15.ハーフエルフ
「悪かったわね、伯爵令嬢らしくなくて」
「別にそういう意味で言ったんじゃねえよ」
「いいのよ。わたしも自分のこと、貴族令嬢だと思ったことはないわ」
寄宿学校には様々な身分の生徒が集まっていたが、結局、財力がモノを言う。
裕福な商会の娘と、貧乏貴族の娘が並んでいたら、第三者は身なりから前者を貴族のようだと判断するのだ。
身分があっても、その身分に相応しい生活をする財力がなければ、そんな身分は“ない”も同じだ。
大手商会の一人娘だという級友がいたが、彼女は異母妹のシャーリーンのように威丈高で、我儘で、贅沢で、人遣いも金遣いも荒かった。取り巻きを引き連れ、平民をいびって楽しんでいた。
何か問題を起こしても、全て実家の財力を使ってもみ消して、何事もなかったかのように過ごしていた。
寄宿舎では平民階級の生徒は皆、彼女の使用人のように顎で使われていたものだ。
(あれを貴族らしいというのなら、わたしは平民で結構よ)
実際、仕送りのない令嬢など、裕福な平民以下だ。
制服は、季節ごとの一着きり。参考書は買えず、ペンやインクなどの学用品は常に不足していた。
洗濯魔法を使えなければ、着るものにも困るところだった。
貴族の義務を理解している本物の貴族は、リリアーナ王立貴族学院へ入学することが通例ため、ローランド寄宿学校のような半公立の学舎に来ることはない。
ぶっちゃけ、ローランド寄宿学校は規模こそ大きいが、王立貴族学院に入れなかった者と、箔をつけたい成金庶民の吹き溜まりである。
ついでに言うと、素行が悪くて実家に置いておけない問題児を、世間体よく軟禁するための監獄のような役割も果たしている。
「だけどさー、アリアの両親て二人ともヒト族|《人間》なんだろ? 前、そう言ってたよな?」
ただの雑談なので、話の内容は脈絡なく飛ぶ。
「そうよ」
「なんで、ハーフエルフの特徴であるオッドアイを持っているんだ?」
虹彩異色は、亜人種にしか発症しない。
その中でも、特にエルフと人間の混血児に表れる確率が高いとされている。
つまり、左右の瞳の色が異なっていればハーフエルフ――亜人種に認定されるということだ。
「これは、お祖母様の目なんですって」
レッドに悪気はないのだろう。
一つ間違えれば、他人の家のデリケートな話題に首を突っ込むことになるが、レッドにはそうした意図はないと思われる。
レッドは、わたしが本当にハーフエルフであると信じているのだ。
その上での素朴な疑問であり、どちらかというと「アリアってば、貴族らしくないと思ったら奴隷エルフの子だったのか」くらいの気持ちなのだろう。
伯爵家が所有していたエルフの女奴隷が、当主に孕まされて生まれた子供で、だから家から追い出されたのだろう、くらいのことは考えていそうな気配がする。
(まあ、普通はそう思うよね……)
でも奴隷の子なら、認知はされず、教育も受けられない。
家名を名乗ることは許されず、寄宿学校へ入れられるのではなく、身一つで放り出されるのがせいぜいだ。
(もしくは、資産の一部として売却される)
だから逆説的にわたしはまだ、正当な伯爵家の一員だと言えた。
それに、生まれたときは虹彩異色ではなかったし、お父様からもお母様からも、愛されていた。
――あのころはまだ、普通の人間だったのだ。
「これは、お祖母様がわたしにくださった恩寵なの」
――わたしが四歳のころ、王国に性質の悪い流行病が広がった。
十三年前、その流行病にかかったわたしは生死の境をさまよった。
それを何らかの秘術で助けてくれたのが、父方のお祖母様らしい。
そのことは、お母様が生きていたころに断片的に聞いた記憶があるけれど、幼かったわたしはあまりよく覚えていない。
はっきりと覚えているのは、それからわたしの右目はお祖母様と同じ紅玉のような赤色になり、お父様から嫌われるようになったということだ。
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