146.小休止
しばらく馬を走らせて距離をかせぎ、ゴーレムたちが見えなくなってから、ようやく常時接続を切ることにした。
これで、ゴーレムが完全にクロスの支配を離れることになる。蓄積されている魔力も切れたら、後はただの巨大な置物になるだろう。
いずれは平原の名物オブジェとして、旅人に語り継がれるようになるかもしれない。
(破壊されていなければ、だけど)
馬に乗る際には、結局かなりレッドを煩わせることになった。
少しでも速くその場を離れたかったのか、文句も言わずに踏み台になってくれたレッドには、感謝と申し訳なさしかない。
言っておくけれど、このような非常事態でなければ、人を踏みつけにするような真似は絶対にしない。
(たぶん、踏み台を用意するとか生活魔法を応用するとか、時間があれば他の方法がみつかるはずだもの)
貴族の中には、身分の低い者には何をしてもいいと思っている──そもそも、貴族でなければ人間ではないと考えている者もいる──のは知っている。獣人族にいたっては、それ以下の扱いである。
誤解しないでもらいたいのだけれど、人を踏みつけにして喜ぶような性癖は持ち合わせていない。それを持ち合わせているのは、どちらかというとシャーリーンのほうだ。
そして喜ばしいことに、シャーリーンとわたしは血が繋がっていない。
常時接続を切ってから──つまり両手が自由になった後、木陰を見つけたので少し休憩を取ることにした。
「木々が増えてきたから、集落はもうすぐだよ」
リオンが言う。
リオンは方角を調べるための魔道具を持っているし、クロスは探知魔法を使って周囲を調べることができる。太陽の位置だけを頼りに進むより、正確に短時間で集落を見つけることができた。
ただ、集落に泊まらせてもらうには、何やら問題があるらしい。
「アリアちゃん、集落に到着する前に、少しレッドを借りてもいいかな? 狩りをするのに、協力してほしいんだ」
遠慮がちに提案してくるリオンだけれど、直接レッドに問いかけずに、レッドの主人であるわたしに許可を求めてくる辺り、やはりリオンは貴族なのだと思わされる。身分の上下というか、使用人の扱いを心得ていた。
これが平民や、上下関係を理解できない者のやり取りだと、気安く従者個人に頼み事をしてしまうため、面倒くさいことになるのだ。
たとえば、リオンが直接レッドに狩りの手伝いを頼んだ場合、従者であるレッドは、いったん返事を保留して主人に許可を求めなければならない。
休暇中に、友人知人からの簡単な頼み事を引き受けるのならば、自由にしてもらって構わない。町で単発の仕事をして小遣いを稼いだり、狩りに出て仕留めた獲物を売ることも自由だ。
けれど、主人と共にある場合はこの限りではない。
従者としては、主人の許可なく勝手なことはできないのだ。奴隷なら、なおさらである。
レッドは奴隷としても従者としても、分をわきまえているから、めったな失敗はやらかさないけれど、迂闊な従者だと仲良くなった者からの頼みを気安く引き受けてしまうことがある。
特に、主人が放任主義かつ、世話を焼く必要のないタイプであれば、少しくらい傍を離れてもいいだろうと考えてしまいがちなのだ。
その結果、主人に事後承諾を取ることになるため、予想に反して怒られたり、従者仲間から横槍が入ったり、時には無関係の第三者から主従ともども誹りを受けたりもする。
従者の──あるいは獣人奴隷の──躾ができていないのは主人の責任だけれども、他人の従者に、その主人を飛び越えて用事を言いつけるのもまた、マナー違反なのだ。
そのため、いらぬお説教を頂戴することもあれば、眉をひそめられたりもする。
どちらも貴族の面子に関わってくるため、公の場であるほど問題が起こりやすい。
もっと面倒くさいのは、主人の側が意固地になって騒ぎ立てる場合だ。
寄宿学校では、それでよく貴族出身の生徒が揉め事を起こしていた。
貴族と言っても十代前半の子供のことだから、主従の線引きなど曖昧だ。年上の従者が付いている場合でも、相手が境界線を越えて関わってくれば、流されることもある。
つまりは“俺/私の所有物を勝手に使うな!”と言って揉めるのである。
たとえ話の続きで言うなら、わたしがレッドから“狩りの手伝いに行ってきてもいいか”と許可を求められれば快く承諾するケースでも、リオンが直接レッドと交渉してレッド本人から許諾を得てしまった場合、わたしは“待った”をかけざるを得ない。
貴族としては、人の所有物に許可なく手を出す同輩を看過できない。──というか、してはならない。
例に則って言うなら、わたしからレッドを咎めることもあれば、リオンに対して文句を言うこともあるということだ。
この場合なら、
“それはわたしの従者よ。勝手に用事を言いつけてもらっては困るわ”
とでも言って抗議しなければならない。
だいたい、こういうときの物言いが原因で、いざこざが起こる。
従者や使用人を物扱いするのは気が引けるけれど、所詮は子供同士での“持ち物”の貸し借りが原因のトラブルだ。間に挟まれた従者にとっては、いい迷惑だったことだろう。
公の場ならともかく、学内での出来事であり、貴族の面子と言っても、初等部や中等部の子供の話だ。
(“ごめん”で済ませればいいのに)
なにも決闘までする必要はないと思ってしまうのは、わたしだけだろうか……?
本来なら、侍女を従えて入学するのが当然の身分でありながら、何も持たず、誰も従えず、何のしがらみもなければ、仕送りもない状態で学生生活を送っていたわたしは、そんな彼・彼女らをいつも冷めた目で見ていた。
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