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145.塹壕とゴーレム

塹壕(ざんごう)を掘りましょう!」

 わたしは言った。

 ゴーレムと魔装兵が戦っている場所を指差して、あそこに巨大な空堀(からぼり)を作るのだ、と。


 土魔法だから、向こうから妨害されたとしても、風魔法よりは影響が少ない。

 クロスが、得意な風魔法ではなく土魔法ばかり使っているのは、周りに土が多い──広大な大地が広がった平原であるという、環境によるところも大きいけれど、混合魔法や二重展開(ダブルキャスト)ではなく、単属性(シングル)で使用する際には、土の塊や石の(つぶて)という、かたちある物体を操るほうが、防御魔法に阻害されにくいからだ。


「工兵の塹壕魔法か」

「ええ、そうよ」

「地味だな」

 クロスは不満そうだった。

「塹壕というか、馬でも渡れないくらい大きな堀よ。ちょっとしたお屋敷の防御を固められるくらいの、それこそゴーレムでもなくちゃ掘れないくらいの、深くて大きなやつ」

 人間が落ちたら、簡単には這い上がれないくらいの深いやつ。


 (いにしえ)(いくさ)を題材にした物語には、魔法を使える工兵が数人がかりで塹壕を作り出す描写があった。

 今でも防御魔法を使える魔法使いが少ない戦場や、魔装兵のようなエリート魔法使いがいない前線では、地味に穴を掘って原始的な戦い方をしているらしい。

 大地の固さによっては掘るにも固めるにも苦労するし、撃ち込まれる魔法攻撃を避けながらの作業で、魔法使いなのになぜ!? と問いたくなるような泥臭い任務だそうだ。

 騎馬隊や歩兵の援護をするための場所を、自分たちで確保する必要があるからだというけれど、そういう魔法使いたちは、なぜか物語では勇者のように格好良く描かれていた。


 英雄譚ではなく庶民向けの娯楽ものだから、勇者や大賢者は出てこなくて、使われている魔法も全体的に地味なものばかりだけれど、大人には意外と人気があったようだ。

 古書店では、同じようなジャンルの本がたくさん投げ売りされていた。

 安かったので、何冊か買って読んだことがある。 

  

「彼らの周りをぐるりと円形に掘って、ゴーレムが活動停止になっても渡れないようにしておけば、時間を稼いで安全に逃げられるわ」

「奴らも土魔法を使うぞ」

「三体のゴーレムと戦ったら、橋をかけたり堀を埋めたりするほどの魔力は残らないでしょう」

「まあいい。お前の魔力だ」


 クロスが了解した直後、前方のゴーレムと魔装兵たちの周りに、地割れのような現象が起きた。

 地震による地割れではない証拠に、亀裂は円を描いて彼らを囲んだ。

 四人の魔装兵たちが驚いているのが見えるけれど、ゴーレムの相手をしなければ叩き潰されてしまうので、地割れには対処できないでいる。

「ついでに、こうだ──」

 クロスの右手が、わずかに動いた。

 繋がっているわたしの左手も、ほんの少しだけ引っ張られる。


 塹壕魔法で掘り出された土の山から、新たにもう三体のゴーレムが生まれた。

「最初に呼び出したゴーレムは、魔石を核に使っている。魔力供給を止めても、あと数時間は動き続けるだろう。外側のゴーレムは、あまり高度な戦闘はできないが、奴らが塹壕の外に出たら起動するように設定した。生成する際に多めに魔力を注入したから、これも小一時間は保つはずだ。時間稼ぎなら十分だろう」

 同時に、嫌がらせとしても十分だった。


 魔装兵団というのは、攻撃よりも防御が得意な部隊だというから、あれだけのゴーレムに囲まれたら、戦って消耗するより、守りに徹して時間切れを待つ方が得策だと判断するに違いない。

 万が一、秘策があって塹壕より外側へ出ることができたとしても、そこにはもう三体の新しいゴーレムが待ち構えているのだ。

 戦って倒すとしても、ゴーレムは魔法耐性が高いから、魔法使いが主体の部隊では倒すのにとても時間がかかる(・・・・・・)


 つまり彼らは、日が暮れるまであの場所に足止めされ続けるのだ。

 野外では、日没後にはより多くの魔獣や魔物が出没する。いくらエリート部隊でも、王都に帰り着くまでに度重なる面倒な戦闘と、無駄な時間を要するだろう。

 死ぬほどの強い攻撃は与えない。

 普通の人間なら一撃食らえば死ぬだろうけれど、エリート魔法使いの部隊なのだから、必ず防御するだろう。

 絶対にかなわないと判断すれば、撤退することに全力を注ぐかもしれないけれど、防御できてしまうからこそ、対峙せずにはいられないだろう。

(正規兵って、妙に名誉にこだわる性質があるから)

 古い本にそう書いてあった。

 

 たとえば、小娘の一人も捕まえられず、ゴーレムに遭遇して逃げ帰ったとなれば、無能の(そし)りは免れない。

 そのため、決して逃げることを第一に考えはしないはずだ。

 だからこそ、嫌がらせになる。

 

 防御に徹して時間を稼げば、数時間後には(のが)れられる。国防の要とさえ呼ばれる彼らにとって、ゴーレムはその程度の敵だ。

 けれど、塹壕や新しいゴーレムの存在により、今すぐ逃れることは難しい。

 指をくわえて、私たちが去るのを横目で見ていなければならないのだ。


 横目で、というのは実際に“横目”でという意味に他ならない。

 ゴーレムの相手は片手間にはできない。正面切って対峙しなければならないため、必然的に塹壕の外にいるわたしたちのことは、横目でチラ見する程度しか視界に入れることができなくなる。 

 格下の冒険者に、してやられるのだ。とても悔しいに違いない。

 想像するだけで、溜飲(りゅういん)が下がる思いがする。


(王都に帰り着くころには、真夜中をまわっているでしょうね)

 少なくとも、夕食は食いっぱぐれるに違いない。

(彼らも、食事を抜かれる辛さを味わったらいいのよ!)

 不自由せず育ったであろうエリート魔法使いたちに、(いわ)れのない八つ当たりのような感情が()いてくる。


「行くか」

 クロスが、繋いだ手を軽く引いて(きびす)を返した。

 見れば、そこにはすでにアキヅキに跨がったリオンと、セイランの手綱を引いたレッドがいた。

「アリア、早くここを離れようぜ。なんだか嫌な予感がする」

「新手か?」

 クロスが問う。

「わかんねえ。怪鳥(ワタリ)みたいな敵意や殺気は感じねえけど、近くに大きな気配がある」

「探知にも索敵にも引っかからないから、無害な野生動物かもしれないが──」

 念のため索敵範囲を広げるか、とクロスが言った。

 いつもの調子で、篭手を装備した腕を振ろうとして、そこには篭手もなければ、仕込んでいた杖も失ったことを、今さら思い出したようだった。

 ちなみに、右手はわたしと繋いでいるから自由が利かない。

「……」

 ちょっと気まずい様子のクロスと、それを見て笑うリオン。

 反対にレッドは仏頂面で、一秒でも早くハンカチを解きたいと待ち構えているのだけれど、ゴーレムと魔装兵たちが見えなくなるくらいまでは魔力を供給しなければならないから、しばらくは常時接続を解除できない。

 

 ところで、二人とも片手が塞がった状態でどうやって馬に乗ったらいいのだろう?

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