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144.弟子とダシ

 これは、あれに似ている。

 普段は節約して(つつ)ましやかに生活しているのに、急に大金を手にしてしまったがため、身の丈に合わない散財をしてしまう現象──。

(前に、お姉さんから聞いたことがある)

 そういう人が、お姉さんたちのお店に来て豪遊した挙げ句、度を超して入れ揚げて、多額の借金をこしらえるのだと。

 

 クロスは、酔っても顔に出ない人だっただろうか?

 そこまで親しくはないので、よくわからない。

 困ってリオンを振り返ると、なんというか、生温かい視線で見守られていた。

 お祭りの日に、特別なお小遣いをもらった子供が屋台や市場ではしゃぐのを、温かく見守っているような雰囲気がある。

(どちらもいい大人だけれど……)


 実は今、クロスは魔力の取り込み過ぎでハイになっているのではないだろうか?

 顔色は変わらないけれど、普通にお酒に酔っているか、魔力に酔っているとしか思えない。

 この場でお酒ということはあり得ないから、魔力酔いの可能性が高い。

 そうでなければ、何でも好きな魔法を見せてやるなんて、気前のいいことを言うはずがない。


 たまに、いるのだ。

 魔力回復薬の飲み過ぎで酔っ払う魔法使いが。

 だいたいが、冒険者としてのレベルは低いのに、粋がって上級の魔力回復薬を(たしな)む魔法使いに多い。

 ギルドの喫茶スペースでは時々、青い顔をして吐きそうになっている魔法使いと、それを介抱する仲間たち──という光景を見ることがある。

 

 魔力回復薬(マジックポーション)は、体力回復薬(フィジカルポーション)と違って、上位のものを飲めば全快するという単純なものではない。

 レベルより、自分の魔力量を重視して選ぶのがコツだ。


 魔力回復薬には濃度──いわゆる等級(レベル)がある。

 一般的には、上級の魔力回復薬ほど、高濃度に濃縮されている。

 酒に酒精(アルコール)の強弱があって、体質や経験によって人それぞれ、飲める酒の種類や量が違うようなものだ。

 薄い麦酒(ビール)ならいくら飲んでも酔わないけれど、ドワーフ御用達の火酒など、一口飲めば喉が焼ける。

 種族特性として酒に強いドワーフなら、それでも平気だろうけれど、人間の中には一口で卒倒する者もいる。


 同じように、強過ぎる魔力回復薬をあおれば、耐性がない者は悪酔いしたような状態になる。

 保存料として、少量の酒精(アルコール)は含まれているものの、量としては子供が飲んでも差し支えない程度だ。

 耐性とはすなわち、魔力回復薬の成分を自分の魔力へと還元できる度合いということになる。

  

 普通は、自分のレベルに釣り合った魔力回復薬を使用するものだから、問題が起きることはない。

 また、高レベルのベテラン魔法使いが、初級レベルの魔力回復薬をガブ飲みしたところで、ドワーフに薄い麦酒(ビール)を与えるようなものである。酔いが回るまでに大量の酒が必要になるだけで、特に害はない。


 ところが世の中には、体力回復薬(フィジカルポーション)と同じように考えて、魔法薬の等級や値段が高ければ高いほど、よく効くだろうと誤解している者がいる。

 さらには、上級の魔法薬を持ち歩いているほうが、魔法職としてのレベルが高そうに見えるだとか、魔力量が多いことの証明になるからという、見栄だけが理由の者もいるのだ。

 

 そもそも魔力回復薬は薬の一種であるから、用法用量を守って使用しなければ副作用が出る。

 自身の魔力として還元されなかった成分を、上手く排出できなかった者が、後から頭痛や吐き気などの症状に見舞われるのだ。

 魔法薬や錬金術の調合を学んでいれば理解できることなのだけれど、多くの魔法使いは冒険者として実戦経験を積みたがるから、魔法薬の仕組みを熟知している者は少ない。

 そして、身の丈に合わない濃度の魔力回復薬を使用して、魔力酔いに陥るのだ。

 ──ま、どうせ本人たちにも“吐くほどポーション飲んで頑張ってるオレ/アタシ格好いい!”という、自己陶酔があるのだろうけれど。


 でも、クロスほどの博識なら当然、魔力回復薬による悪酔いについては熟知しているはずなのである。レベルが低いわけでもないから、上級の魔力回復薬を何本か飲んだところで、魔力酔いになるはずもない。 

(あ、でも酔っている人は自分が酔っている自覚はないものだというし……)

 クロスに頼む魔法と、魔力酔い疑惑の二つの問題に頭を悩ませていると、リオンから声をかけられた。

「アリアちゃん、何かリクエストしてあげてよ。クロスは、魔力に余裕がある状態のほうが珍しいんだ。本人も、たまには大魔法をぶっ放したいと思っているさ」


(やっぱりそうなのね)

 わたしを理由(ダシ)にして魔法を撃ちたいだけだった。

「今までの魔法も十分すごいと思うけど……」

 初級、中級くらいの冒険者の間では、十分に大魔法と言って通るだろう。


「早く決めろ。今ならゴーレムと交戦中だから、反射(リフレクト)される危険はない」

 クロスが急かしてくる。

 レッドもそわそわと落ち着きがない。


(うーん……)

 三体のゴーレムと必死に戦っている人たちに向かって、追い討ちのように攻撃魔法を打ち込むのは、なんだか気が引けた。

 わたしとレッドの二人だけだったなら、容赦はしなかっただろう。圧倒的に不利なのはわかっているから、追ってこられないようにするためには、手段を選んではいられない。

 逃げ切れなければ、唯一使える毒魔法──ほぼ即死魔法と同等──で馬もろとも皆殺しにしていたかもしれない。

 罪のない馬には可哀想だけれど、仕方がないと割り切るしかなかった。


 けれど、今はリオンとクロスが味方でいてくれる。

 皆殺しにしなくても逃げ切れる余裕がある。

(それなら……)

 一つ、いい方法を思いついた。

 ようは、追ってこられないようにすればいいのだ。

 盾魔法と土魔法は同じくらい地味と言われているけれど、確か土魔法には、戦場で工兵が必須としている大きな魔法があったはずだ。

ここまでお読みくださってありがとうございます。

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