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14.アリアとアイリス

 わたしはアリア・ヴェルメイリオ。

 またの名を毒蜘蛛の魔女(ブラック・ウィドウ)のアイリス。


 こう見えても、伯爵家の一女(長女)である。


 勝手につけられた二つ名には納得していないが、アイリスという名前は自分でつけた。

 ギルドに出入りし始めたころ、本当の名前と同じ音から始まる変名を探して、本から花の名前を拾った。

 わたし(アリア)が寄宿学校を抜け出して、冒険者見習いとして稼いでいることを知られれば、嫌がらせを受けるに決まっている。そして、ついでのように刺客を送り込まれるのだ。

 アリアとアイリス──これなら、もし言い間違えても一文字目が同じ音だから誤魔化しが効く。

 けれど綴りは違うから、イニシャルからうっかり足が付く心配もない。


 で、アイリスと名乗っていたときに、毒蜘蛛のスタンピードを同じ毒蜘蛛の毒で一掃したところ、毒蜘蛛の魔女(ブラック・ウィドウ)という不吉なあだ名をつけられた。

 なんでも、普通は毒のある魔物に対して同じ毒を使って対抗することはしないらしい。

 なぜなら、毒を持つ生き物は、同時に自分の毒に対する抗体も持っているからだ。

 ようは、毒が効きづらい。


 それを毒でもって制したということは、それ以上の強い毒を使用したことになる。

 大毒蜘蛛より強い毒を持っているのは、上位種の紫大毒蜘蛛しかない。ドラゴンも麻痺する猛毒である。

 触れただけで即死とも言われているそれを、素手で平然と撒き散らかした女に、村人も冒険者も戦慄した――らしい。ずっと後になってからレッドがギルドで聞き込んできた話だ。


 せっかく装身魔法で姿を変え、地味に生きよう思っていたのに台無しである。


(だいたい、その毒を食事に盛られても死ななかった人間(わたし)の立ち場はどうなるのよ)


 というより、戦慄したのはこちらのほうだ。

 大毒蜘蛛の毒が効かなかったことで、次は何を仕掛けてくるかと思ったけれど、まさか義母が本当に紫大毒蜘蛛の毒を手に入れるとは思わなかった。

 “大毒蜘蛛”の毒は、それなりに薬学に精通した者なら取り扱える。

 けれど、その上位種である“紫大毒蜘蛛”の毒は、採取すること自体が難しいのだ。

 生息地を探すことからして困難だが、見つけたとしても、採取や討伐など、近付くこと自体が自殺行為である。

 ゆえに、幻と言われるくらい珍しく、高価なものだ。

 不死(・・)の霊薬がエリクサーなら、即死(・・)の妙薬は紫大毒蜘蛛の毒液である。

 これの恐ろしいところは、間接的に触れた場合も、気化した毒素に触れた場合も、ほぼ即死するというところである。


 が、わたしにはその毒が効かない。

 他の毒も効かない。

 色々な種類の毒を盛り続けたけれど、最終的に大毒蜘蛛の毒素まで効かなくなったので、義母はヤケになって紫大毒蜘蛛の毒液を手に入れてきたらしい。


(そのお金はヴェルメイリオ家の財産で、お父様のものでしょうに)

 お父様が知っていて黙認したのか、知らなかったのか、それはわからない。

(どうせ、興味がなかったのでしょうけど)


 そもそも、なぜ猛毒が効かなくなるまで毒を盛られ続けたかというと、長い話になるが――簡単に言うと、義母のイーリースが(フィレーナ)を殺した事実を、わたしが知っているからだ。

 もともと身体が弱く、長くはないだろうと言われていたフィレーナを、自分(イーリース)自身が伯爵家に入り込むため死に至らしめた。


 それだけでなく、ヴェルメイリオの直系であるわたしがいなくなれば、シャーリーンに都合の良い婿を取って、実質的に伯爵家を乗っ取ることができる。


 兄のアルトは、いずれ騎士として戦地へ行くことが決まっている。わたしが小さいころから学院の寮で暮らしていたし、長じてからは騎士団の寮に入っているから、ほとんど家にはいなかった。

 義母としては、戦地へ行ってくれれば、いつでも手を回して戦死させられるという心算なのだろう。危ない橋を渡るつもりはないということなのか、義母は、兄には手を出さなかった。


 そして、わたしが義母(イーリース)から何度も殺されかけたのには、もう一つ理由がある。


「そういえばアリアってさー」

 わたしたちは取り留めない話をしながら、(わだち)に沿って歩き続けた。

「本当に伯爵令嬢なのか?」

「今さらそれ聞くかな!?」

「これが男爵家の末っ子っていうなら理解でき(わか)るんだ。結構、剣士とか騎士の見習いにも紛れてるから」

 だいたいが貴族根性の抜けないクソ野郎ばっかりだったけどな、とレッドは吐き捨てた。

「家は兄貴が継ぐから、一番下の弟ともなると、婿に行くか独り立ちするしかないわけだろ?」

「そうね」

「けど、女は見合いとかさせられて嫁に出されるんじゃねえの?」

「政略結婚は見合いもないわよ。生まれた時から相手が決まってる場合もある」

「マジかー」

「うん」

「アリアも?」

「いいえ。わたしは、これだから」

 右側の前髪をかき上げてみせた。

 左右の目の色が違うことを、改めて示す。

亜人種(ハーフエルフ)は政略結婚の道具にもならないと言われて寄宿学校に放り込まれたわよ」

 抜け出してやったけど! と、わたしは自慢げに言ってやった。

 寄宿学校を抜け出して冒険者見習いになり、採取依頼や納品依頼をこなしまくって、生活費を稼いだ。

 仕送りなんてなかったから、必要なものは全部自分で(まかな)った。

 正規ギルドの依頼では薬草を採取し、裏では毒薬を作って暗殺者(アサシン)ギルドに納品していた。

 暗殺者(アサシン)ギルドの支払い(ペイ)は良かった。

 あれがあったからこそ、レッドに給金を出すことができたのだ。

ここまでお読みくださってありがとうございます。

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