135.あらまし/クロス視点
馬車襲撃事件は自分を狙ったものだった、とアリアはしょんぼりとした様子を見せた。
「だから、村に来たならず者たちの狙いはわたし……。迷惑かけて、ごめんなさい」
そういうことか。
「わかった。理解した。それ以上言わなくていい。ワケありなのは承知の上だ。謝らなくてもいい」
継母の放った刺客が、馬車強盗に見せかけて、乗客もろともアリアを殺そうとしたということだ。
アリアとレッドは逃げおおせたが、当然、全滅はさせていない。残党どもは、仕事を完遂させるために追ってきたということになる。
(アリアが魔法を使えるハーフエルフ擬きだとしても、攻撃魔法だけは使いこなせないことを、継母は知っていたはずだ)
再生能力があったとしても、再生が追いつかない速度で攻撃を加えれば死ぬ。
たとえ何度か魔力暴走で難を逃れたことがあったとしても、新米魔法使い以下の小娘にすぎないと思っているに違いない。
だからこそ、人を雇って対処しようとした。
念のため、魔法使いには魔法使いをぶつけるべきだと、どこからか魔法を使えるならず者を見つけて盗賊団に組み入れたというところだろう。
(そいつらが、沼蜥蜴を召喚したな)
死骸を見た限り、かなり大きなリザードだった。
あれがリザードにとって不利な森の中ではなかったら、犠牲になった三人の冒険者たちも、相打ちまでもっていけたかどうかわからない。
「そういうことなら、急いで村を出て正解だったな」
「それは、感謝するわ」
「上手く撒いたと思ったが、向こうにも魔法使いがいる。さっきの魔物殲滅で派手に魔法を使ったから、探知に引っかかったかもしれん」
オレがそう言うと、リオンが訳知り顔でうなずいた。
「急いで移動する。クロスは隠蔽魔法を強化してくれ。ワタリの死骸を置いて来たから、魔物避けはしばらく必要ないだろう?」
「ああ」
だがこの先、平原で寝泊まりできる集落を探すには、こちらも探知魔法を駆使しなければならない。
簡単に言ってくれるが、敵の探知魔法を躱しながら、集落を探知する魔法を展開するのが、どれだけ魔力と神経を消耗するか、魔法使いではないリオンは正確にわかっていない。
探索地域である平原が広すぎるのだ。
ついでに索敵もしなければならない。
実質、隠蔽と探知と探知回避と索敵の四重展開になる。魔物避けの展開をやめる程度では、とうてい魔力消費の収支が釣り合わない。
おまけに、さっきのワタリ戦で予定外に大きな魔力を消費してしまった。
この状態でもう一匹、属性的に相性の悪い魔物が現れたなら、オレの魔力は残り二割程度まで削られる羽目になる。
魔力回復薬は買ってあるから、飲めば済む話だが、魔力回復薬は消耗品だ。当たり前だが、飲めばなくなる。アリアの前で、それは避けたい。
(絶対、気に病むだろうしな)
魔力回復薬のやり取りで揉めるのは、初級魔法使いのあるあるだ。
オレも新人冒険者だったころには経験がある。
魔法使いという者はたいてい、心の底には魔法を使えるという事実に奢りがある。剣を振るうしか能のない剣士より、格が上だと思っている節があるのだ。
貴族が爵位で人の上下を判断するのにも似ている。
(そして剣士は、後方の安全地帯から魔法を放つだけの魔法使いを臆病者として軽蔑している、と)
さらには魔法使いは魔法使いで、魔法属性によって格の上下を決めている。
貴族か平民かという身分以外にも、結局、どこに行っても階級構造は存在する。
つまり魔法使いには、魔法職以外の者や、自分より格下の魔法職の者に、魔力回復薬を集ってもいい──貸し借りを強要しても当然という風潮があるのだ。
オレは、自分の魔力残量の管理もできない馬鹿どもに嫌気がさして、あえて魔力回復薬を持たないスタイルでパーティーに加わって、無双していたこともある。
(若気の至り……というか、十代の若造なら誰でもかかる一過性の病みたいなものだが)
オレはジョブとしては魔法使いだが、魔法剣士並みの実戦技術も身に付けていたから、特に困ることはなかった。
だが、アリアのように治癒魔法しか使えない回復役は、賢者や聖職者のような格の高いジョブでない限り、肩身の狭い思いをする。
オレはさっさとソロに転向したから、胸糞悪い思いは最小限で済んだが、物理攻撃の手段を持たないアリアは、冒険者としては半人前以下だ。一人では、ろくに採取にも行けなかったことだろう。
そして、パーティーに入れば「治癒魔法しか使えないくせに」と蔑視され、魔力回復薬の貸し借りという文化に同調できなければ、さらに詰られることになる。
そんなトラウマを目の前で穿り返すほど、人非人ではないつもりだ。
アリアは、基礎からしっかり学べば立派な魔法使いになるだろう。
それこそ、今までにアリアを治癒魔法しか使えないことで馬鹿にした者を、一人残らず見返せるほどの大魔法使いになれる。
(本人にやる気があれば、だが……)
今でさえ、そんじょそこらの聖女など、足下にも及ばない治癒魔法が使えるのだ。
まったく、今まで誰にも評価されなかった事実のほうが驚きだ。
ギルド所属の魔法使いは、属性魔法を偏重し過ぎとしか言い様がない。
(後で学園を通して属性魔法偏重の弊害に関する論文の一本か二本、ギルドに送りつけてやるか。……いや、無駄だな。あそこの連中は、依頼文書以上の長文は読まない)
アリアは、なぜか頑なに魔法学園に通うことを拒否していたが、刺客に狙われているからというのであれば納得できる。
恐らく、自分が学園に通うことで他の学生に迷惑をかけたくないという理由と、兄貴の安全を確保するのが最優先なのだろう。
警備の行き届いたアレスニーアの学生になってしまえば、刺客がアリアを狙いにくくなる。そうなれば、刺客の矛先が先にアルトに向くかもしれない。
(その前に、辺境の祖父を頼って事態の収拾を図りたかった……というところか)
魔法学園に入り、適切な魔法を学び、気の合う仲間と組むことができれば、冒険者としての人生も悪くはない。
アリアは伯爵家の令嬢だというが、今の状況では貴族社会に戻すより、冒険者として活躍させてやったほうが幸福かもしれない。
(もしくは、アレスニーアで魔法職に就くか……)
本人が何を望むかにもよるが、少なくとも、実家の伯爵家からは遠ざけてやるべきだろうとは思う。
仮初めの師匠としての欲目や贔屓目だと言われても、オレはアリアの才能を潰そうとした伯爵家のことを、許せそうにはない。
アルトのことも、良くは思えない。
リオンが親しくしていた後輩ということだが、後輩としては良くても、アリアにとっては果たしていい兄と言えるのか……?
所詮は、アリアを虐げたヴェルメイリオ家の人間だろう。
アリアに、人生を賭けてまで救われる価値があるのか?
リオンはアルト・ヴェルメイリオのことを信じているから、あえて今ここで否定はしないが、正直、疑問に思うところがある。
妹を救いたいと願うなら、なぜ、もっと早くに手を差し伸べてやらなかった──?
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