134.優先順位/クロス視点
話題がアルトの進路の話になってから、アリアは何かを考え込んでいる様子で、リオンが傍らでどんな冗談を言っても上の空だった。
それはそれで構わないが、何を思い悩んでいるのか察しが付く分、気休めの言葉をかけてやることもできない。
あれは、自分のせいで兄が騎士を目指すことになったのだと悔いているのだ。
何事もなければ、爵位を継いで領地を運営するという、国境の最前線からは離れた場所で生きられたのに、自分のせいで危険な仕事を選ぶことになるのだ、と。
だが普通、自分の兄がレアな鑑定ジョブを持っていて、花形の職業に就くとなったら、身内としては喜ぶものではないのか……?
(よくわからないな)
アリアの性格からして、待っていたら話してくれるものでもないだろう。ここは、何とかして聞き出すしかないが……さて、どうしたものか。
(こういうのはリオンの担当だろうに)
当のリオンは、ウケない冗談を言って無視されている。
そんなことを考えていると、唐突にアリアが声を上げた。
「ねえ、リオンはアルトお兄様と親しいのよね?」
「まあね。アルトは可愛い後輩だよ」
「それならお願い! お兄様が騎士職に就かないように……試験を受けに行かないように、説得してもらえないかしら?」
「ええっ!?」
この提案には、さすがのリオンも驚いていた。
「お兄様を騎士にさせないのが最優先。お祖父様には申し訳ないけれど、辺境行きはその後よ」
「どうしたのいったい?」
「お兄様は、騎士になれば確実にイーリースお継母様に殺されるわ」
「!」
「どういうことだ?」
オレは横からリオンとアリアの会話に割り込んだ。
「馬車を襲ったのは、恐らくイーリースお継母様の手の者よ。言ったでしょう? お継母は、わたしに生きていられると困るのよ」
「お前も兄貴も消して、伯爵家を乗っ取ろうとしていると?」
「証拠はないけれど、間違いないわ」
「殺すなら、跡継ぎの長男からというのが定石だろう。なぜ、妹であるアリアが先に狙われる? 正妻の毒殺を知られた程度で、しかも証拠もないのに、口封じが必要なほどとは思えないが」
証拠さえなければ、何とでも言い逃れができるが、口封じのために殺そうとすれば、毒薬を手配したり人を雇ったりすることで、逆にそこから足が付く可能性のほうがずっと高い。
アリアの継母がやっていることは、自ら傷口を広げるような悪手だった。
「わたしが化け物だからよ」
アリアはまた、自分のことを“化け物”だと言って退けた。
「お継母様は、化け物であるわたしのことが怖いのよ。だから、一番に排除したがってる」
*
オレには、なぜアリアが化け物と呼ばれるのか理解できなかった。
一通り身の上話を聞いた後も、治癒魔法なしで怪我が治る事実を見せられた後も、それが不気味なものだとは微塵も思えなかった。
むしろ、そのような秘密を抱えながら、よく今まで何事もなく、冒険者としてやってこられたものだと褒めてやりたいくらいだった。
魔力回復薬のやり取りで、小言を言われる程度で済んでいたなら御の字だ。加虐趣味の変態にでも捕まっていたら、最悪な結末を迎えていたところだった。
継母に人身売買の伝手がなく、口封じに殺そうと画策されただけで済んで、幸運だったとさえ言えるだろう。
ぬるま湯のような貴族社会の中では、異質なものは須く排除されてしまう。
有象無象と魔力の質が違うというだけで珍獣扱い。人より少し怪我の治りが早いというだけで、化け物扱いだ。
(これだから頭の固い連中は……)
異端を排除したがるのは、何も貴族に限ったことではない。閉鎖的な田舎の村でも、似たようなことはいくらでも起こる。
しかし、村人には冒険者になって旅立つ自由がある。冒険者になって世界を旅すれば、見識が広がり、過度に異端を恐れる必要がないことも、やがては理解するようになる。
それに対して、貴族は限られた貴族社会の中だけで一生を過ごす。上流階級の人間が、見聞を広めに旅立つことは非常に珍しい。
冒険者国家であり、冒険者という職が一般的なウェスターランド王国でも、貴族でありながら冒険者登録をしている者は稀である。
(オレたちみたいに、な)
多くの貴族は、高度な学問を学んだところで、実際に知識を活用する場を持たないことが多い。
魔法学など、その最たるものだ。
貴族制度の成り立ちや、身分制度の骨子にも関わるため、貴族の嗜みとして魔法を学び、魔法を使えることを地位や身分の補強材料としているが、実際に魔法で生計を立てている者はほとんどいない。
宮廷魔法使いでさえ、半分以上が世襲という有様で、魔法使いというよりは官僚集団と化している。
既得権益を守ることにだけは貪欲で、新しい物事や未知の物事について学ぶ姿勢に欠けている。
現代の貴族にとって魔法とは、もはや身分を保障するための飾りでしかない。
(……というのが、オレの偏見に満ちた見解だとしても、だ)
王都の外で様々な依頼をこなし、ダンジョンに潜り、何度となく魔物の討伐に参加するうちに、再生能力など珍しいものでも何でもなくなる。
たとえ、種族特性として再生能力を確認された存在が、今は魔物だけだったとしても、明日もそうとは限らないのが城壁の外の世界である。
魔獣と魔物は“進化”をする。
一説によると獣人族やエルフなどの亜人種も、進化の果てには別の種族名を冠する存在に変わることがあるらしいのだ。
進化の条件は未だ解明されていないが、ならば人間も何らかの進化を遂げることがあっても不思議ではない。
今のところ、ヒト族の進化例については聞いたことがないが、後天的にスキルを獲得した話ならいくらでもある。
種族特性や体質による再生能力でなければ、自動回復や常時回復、治癒魔法や再生魔法を一定条件で発動するようなスキルなど──可能性は未知数だ。
特にアリアは五才の“鑑定の儀”以来、一切の鑑定を受けたことがないというから、刺されたことがきっかけで新たなスキルが発生したと考えられなくもない。
(だが、宿で鑑定したときには特筆すべきスキルが見られなかった。スキル系ではなく種族進化の可能性が高い、か……?)
純然たる人間の進化例の報告はないが、亜人種との混血だというならあり得る。
(祖母がエルフだというのなら、エルフの種族特性を引き継いで、何らかの特殊進化が起きている可能性は否定できない)
*
「王立学院の学生を不慮の事故で殺すことと、誰もが危険を伴う仕事だと理解している騎士職の人間を殉職に見せかけて殺すのと、どちらが簡単かという話よ」
アリアは言った。
「お兄様のことは、騎士として現場に出るようになればいつでも殺せる。だから、まずは目障りな化け物を排除するのが先なのよ」
継母は、本心ではアリアの存在を恐れているから、寄宿学校に押し込めたといわけか。
殺し切れなかったから、目に入らない場所へ隔離するしかなかったのだろう。
屋敷内に監禁しておくのでは、情報が漏れた場合に外聞が悪過ぎるのと、どうしてもアリアの存在を意識せざるを得ない。
自分の悪行を知っている先妻の娘が、四六時中、目と鼻の先にいるのだ。継母としては、我慢の限界だったのだろう。
(おまけに、殺しても死なないときた)
それでは意固地になるのも仕方がない。
フィレーナだけでなく、アリア自身を殺すためにも何度も手を尽くしているのだ。支払った代償に見合う結果を出さなければ、納得できるものではないだろう。
計画的犯行の上に“恐れ”という感情が加われば、もはや止まることはない。
(アリアは誰も傷付けていないというのに……)
「王都にいたときも、何度か刺客が送り込まれてきたわ。レッドと協力して、何とかやり過ごしてきたけれど……他人を巻き込むような、大掛かりな方法を選ぶとは思ってもみなかったのよ……」
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