133.進路指導?
貴族学院の騎士課程に在籍している学生は、全員が“騎士”のジョブを持っているわけではないという。
王国の騎士団員として務めるにあたって、最も適正が高いのは、鑑定ジョブが“騎士”である者だけれど、要は王国が実施している試験に受かればいいのであって、過去には“農夫”や“商人”のジョブでありながら騎士職に就いていた者もいたらしい。
「鑑定で出る“騎士”ジョブはわりとレアだからね。何十人もいる騎士課程の学生が、全員持っているわけがないよ。だいたいは“剣士”や“戦士”が多いかな。そういうジョブを授かると、前衛での戦闘職に適正があるという意味になるから、貴族学院での進路が限定されてくる」
「アレスには“魔法剣士”のジョブを持った者も結構在籍しているぞ。そのために魔法剣士用の学科も設立された」
魔法剣士は育て方を間違えるとただの器用貧乏になるからな、とクロス。
名門校の卒業生と客員教授が揃って語るので、ちょっとした進路指導のようになっている。
「“騎士”のジョブを持っていれば、試験合格はほぼ確定だけど、逆に言えば他の道は選び難くなるということだよ。アルトは跡継ぎだから、魔法課程から文官の道を選ぶことも許されたはずだけど、次男以下だったらまず騎士団への奉職は免れないね」
リオンは、騎士職の試験に合格することを、まるで喜ばしいことではないように言う。
(試験合格が確実ならば、それは喜ばしいことなのではないのかしら……?)
わたしが疑問に感じていると、クロスが補足してくれた。
「騎士は死ぬまで騎士である。──騎士団では有名な格言だ。“騎士”ジョブを授かってしまったら、死ぬまで騎士でいるしかない。死ぬか、重度の戦傷で戦えなくなるまでは、他の職業は選べないということだ。
一見、名誉の戦死を讃える美しい言葉に思えるが、誰もが名誉のために死ねるわけではないからな。“騎士”ジョブは、基本ステータスもスキルも高くて恵まれたジョブだが、転職できないというのはリスクだ」
クロスは付け加えるように「手足を失うような重傷でも、最高レベルの治癒魔法か再生魔法を使えば完治するから、実質、傷病での退職も不可能だな」と恐ろしいことを言い放った。
「えっと……“農夫”ジョブなら、試験に合格すれば騎士職に就くことができるし、田舎に返って本物の農夫になることもできるけど、騎士職に就いた“騎士”ジョブの人は、死ぬまで辞められないってこと……?」
その通りだ、とクロスとリオンがうなずいた。
「次男や三男で“騎士”ジョブを持ちながら騎士団入りしない、できない者は非国民と謗られても文句は言えない。どうしても嫌なら他国に亡命するしかないけど、見つかれば裏切り者の売国奴として極刑だね」
「じゃあ……お兄様が騎士職に就くことになったら……」
「出世して家督を継いでも、騎士団員であることからは逃れられない。最悪、家長が前線で戦死するような事態が起こり得る」
だから、慣例として嫡男だけは騎士団入りを免除されているんだ、とリオンは言う。
「お兄様が家督を継ぐことになって、領地経営に専念したいからと言っても、転職も退職もできないの……?」
「そういうこと。家業と騎士職は掛け持ちするしかないよ。予備役からは逃れられない」
「お兄様はそのことを知っていて、騎士課程に……」
「騎士課程に進む者なら、誰でも知っていることだよ。こんな言い方をしたら負担に感じるかもしれないけれど、それだけアルトは実の妹のことを心配していた、ってことだ」
(お兄様……わたしなんかのために、なんて軽率な選択を……)
それでは、イーリースお継母様の思う壺になってしまう。
お継母様には、裏から手を回してアルトお兄様が速やかに戦死するよう仕向けることなど、容易いだろう。
だからこそ、今までお兄様には矛先を向けなかったのだ。
(戦場にさえ行ってくれれば、いつでも簡単に殺せるから……)
嫡男を不慮の事故で死なせたら事が大きくなるし、権力がレナードお父様に一極集中してしまって、お継母様が実権を握りにくくなる。
ヴェルメイリオ家を乗っ取るのに都合の良い婿を、自分で選んでシャーリーンに宛行うことができなくなるかもしれないのだ。
(どうしよう。お兄様が試験を受けるまで、あと一年もない……!)
試験は年に一度だというけれど、すでに一年を切ってしまっている。
それまでに、お継母様とシャーリーンの悪事を暴いて──いいえ、違う。そんなことはどうでもいい。とりあえず、わたしが無事で幸せに暮らしていることをお兄様に納得してもらえれば──騎士職の試験を受けることだけは諦めてくれるかもしれない。
そうすれば、お継母様もお兄様を殺しにくくなる。
(その間に、どうにかしてあの二人を排除しなければ……)
「その点、俺は珍しくもない“剣士”ジョブだったから、試験をバックレたところで誰も何も言わないさ。俺だって、もし“騎士”ジョブだったなら当然、国民の義務は果たすつもりでいたけどさ、違ったんだから無理して騎士になる必要はないだろう?」
リオンが何か言っていたけれど、半分以上、耳に入っていなかった。
「そりゃ、騎士になれば令嬢には無条件でモテるだろうけど、別に無条件でモテたいわけじゃないから。そこまで見境なくないから。ついでに言うと、身分の高いご令嬢より庶民的な娘のほうが好みだから。──そう、アリアちゃんみたいな」
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