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132.試験とコネとお兄様

「王城で騎士職に就くには、試験があるんだ」

 リオンが言った。

「そいつ、試験バックレやがったんだ」

 するとクロスが、そこへ被せるようにして続けた。


「いいだろ、別に。卒業はしたんだから。親父と兄貴の顔は立てたよ。だいたい、卒業式典バックレたクロスに言われたくない」

「オレはバックレてない。実験が佳境という正当な理由で出席できなかっただけだ」

「それって、卒業式典より魔法実験の継続を選んだってことだろ? 俺とたいして変わらないじゃないか。俺は、試験に受かるとマズい正当な理由があって、棄権したんだよ」


 何やら言い争いじみた雰囲気になっているけれど、これはたぶんあれだ。学生時代の武勇伝を競い合っているだけだろう。冒険者が、昔の武勇伝を自慢したがるようなものだ。ちょっと口を挟めないので放っておくことにする。


「お前、受けたら受かる気でいたのか」

「そりゃ受かるだろ。あんなん半分以上、コネ採用じゃないか。俺はコネでも実力でも、どっちでも受かる自信があるよ」

「コネで受かる自信、なァ……」

「けど、俺が合格して王都の部隊に配属されたら、周りが迷惑するに決まってるだろう? うっかり出世なんかして、城内をうろうろすることになったら、絶対に兄貴の仕事の邪魔になる。──だから、これでいいんだよ。どうせ我が家は、代々一人は冒険者を輩出しなきゃならない家系だしな」

「モノは言いようだな」


 なんだか、色々な意味で聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がする。

 そう思って、一生懸命に聞かなかった振りをしていたのに、レッドが笑顔で「人間(ヒト族)も大変だな」と、とどめを刺した。


「つまり、身分も実力も兼ね備えていて、コネ採用によるしがらみのない、アルトのような人材は貴重なんだ。確か、アルトは鑑定ジョブも“騎士”だったはずだから、近衞騎士団も絶対に欲しい逸材だと思うよ。

 前線に行かなくても、アルトなら王宮勤めでも十分に出世できるって!」

 それからリオンは、ようやく本題に入れるとでもいうように、ジョブの説明をしてくれた。

 お兄様のことを高く評価してくれるのは、妹として嬉しいけれど、やや複雑な気分でもあった。

(そんなに素晴らしい人物なら、どうして──)


 もっと早く、助けてくれなかったのだろう。


 その言葉は、口から漏れ出る寸前のところで飲み込んだ。

 お兄様にはお兄様の事情がある。

 助けは、求めないことに決めたのだ。


 あの家で唯一、わたしにとって無害だったのはお兄様だけだった。

 妹とは思われていなかったかもしれないけれど、代わりにシャーリーンを妹として認めたのではないなら、それでいい。

 たとえ下働きのメイドとしてでも、わたしという存在を覚えていてくれたのなら、それでいい。

 率先してわたしを存在しないものとして虐げたのはお父様だけれど、その件とお兄様は無関係だ。

 イーリースお継母(かあ)様とシャーリーンは共犯だったけれど、お父様とお兄様は示し合わせていたわけではない。


 アルトお兄様はわたしの目には、大空を高く飛ぶことができる、強くて美しい大きな鳥のような存在として映っていた。

 常に遠く離れた場所を飛んでいて、決して触れることも近付くことも(かな)わない。

 大きな翼と、猛禽のように鋭い爪やくちばしを備えているけれど、決してそれらを弱い小動物に対しては振るわない。

 何者にも毒されず、大空を駆けるきれいな魂。

 美しい絵画のようなそれを遠くから眺めるだけで、随分と心が(なぐさ)められた。


 だから、そんな憧れのお兄様の生活を、醜い地上のいざこざで(わずら)わせるわけにはいかなかった。

 邪魔したくなかった。

 迷惑をかけたくなかった。


 もしも、わたしが化け物染みた再生能力を持っていなくて、か弱い普通の女の子だったなら、とっくに泣きついていたかもしれない。

 お兄様が家督を継ぐまでなんて、待っていられない。

 でも、現実にはわたしは“化け物”で、殺しても死なない不気味な存在で、生きていても一家の恥にしかならない出来損ないだった。

 まともに魔法も使えず、容姿はハーフエルフ同然。貴族としては恥さらしもいいところで、人並みの容姿をした婚外子よりも価値がない。

 こんな女が妹だなどと、知られるだけでお兄様の出世の妨げになる。

 助けなど、求められるはずもなかった。


 幸か不幸か、一人でも平気だった。

 助けを求めないことを決めたのはわたし自身だから、今さらお兄様の言動について何も言うことはない。

 今さら、泣き言を言うのはお門違いというものだろう。

ここまでお読みくださってありがとうございます。

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