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【不遇令嬢はエルフになりたい】〜介護要員として辺境の祖父の屋敷で働くよう命じられたが、ざまぁする間もなく実家が没落した件〜  作者: 一富士 眞冬
第2章

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131.ときには兄の話を

「ねえ、アリアちゃん。今度は俺と一緒に乗ってよ」

 驚いた。

 いったん離した手をまた掴まれ、強引に馬のところまで連れて行かれた。目を白黒させている間に、子供のように軽々と持ち上げられ、鞍の前に乗せられた。

 なぜかリオンは、今までの告白などまるで聞いていなかったかのように上機嫌だった。

 わたしの正体が何であろうと、気にする気配もない。鼻歌でも歌いかねない調子で、続いて馬に飛び乗った。

「あのっ」

 話しかけると、こちらをのぞき込みながら「うん、なぁに?」と優しく言葉を返してきた。


 リオンの話し方は、いつも柔らかいから安心できる。

 いちいち、こんなことを聞いたら怒られるかも、怒鳴られるかも、と気にする必要がないから気持ちが楽だった。

 今日だけではない。

 知っている限り、何をするにも楽しそうにしていて、明るくて、傍にいると前向きな気持ちになれる。

 亜人種(わたし)の存在に対しても嫌な顔一つしなかったし、舌打ちされたことなど一度もない。

 親切で、優しくて──今まで会ったことがないタイプの、とても不思議な人だった。


「なんでそんな、何事もなかったかのように……」

「俺はアリアちゃんとは会ったばかりだけど、アルトのことはよく知ってる。そのアルトが大事に思ってる妹だよ? 悪い子のはずないじゃないか」

「わたし、は……お兄様とはほとんど話したこともないのよ」

 屋敷では監視の目が厳しくて、自由にお兄様と会って話すことはできなかった。


 リオンは、レッドに指示して集めた羽をクロスの魔法鞄(マジックバッグ)に収納させた。

 ご機嫌なのは、やっとわたしと相乗りできる順番が回ってきた、というそれだけの理由らしい。

 リオンは時々、妙に子供っぽい言動をするから可愛らしい──と言ってはさすがに怒られるかもしれないけれど、学校で仲のいい友達の隣の席を取り合う子供みたいで、ちょっぴり微笑ましかった。

 少しだけ、鬱々とした気分が晴れた気がした。


「クロス、しばらく交代な」

 今度はレッドがクロスの後ろに相乗りすることになる。

「仕方がない」

可愛い女の子(アリア)じゃなくて悪かったな。なんならオレ、自力で走るぜ?」

「馬鹿を言うな。馬の脚に付いてこれるわけがないだろう」

「オレ、足の速さにはわりと自信あるぜ」

「つべこべ言ってないで乗れ」


 そんな感じでわたしたちは、また北西を目指して進むことになった。

 ワタリの死骸は放置である。

 レッドがしつこく「大きな鶏肉」「もったいない」と繰り返していたけれど、誰にも取り合われずにその場を後にすることになった。


 馬上でリオンが言う。

「アルトはね、早く自分が跡目を継いでアリアちゃんへの待遇を改善させるんだ、って言ってたよ。一刻も早く、一人前の騎士になって手柄を立てたい、って」

「……」

 知らない兄の話をされても、上手く相槌が打てない。


「確かに、武功を立てれば報償として家督を相続する道も開けるだろう。新たな爵位を授かることもできる。

 でも、今の情勢で武功を立てようと思ったら、帝国との国境戦線の最前線に行くしかないよ。……だけど俺は、アルトのような生真面目な奴は、最前線には向かないと思う。

 それに、ヴェルメイリオは武門の家系ではないだろう? どちらかと言えば、内政向きだ。そういう家柄の貴族令息が、いきなり前線に行ったところで、苦労するのは目に見えているよ。

 武勲や戦功は、武門の家柄の者が上げるべきだ──という風習が、今でも暗黙の了解で残っているからね」

 女の子には難しい話だったかな? とリオンはわたしの反応をうかがいながらも続けた。

「勝手な言い分だけど、俺はアルトに前線に行って欲しくないと思っている。アルトみたいな真面目で頭のいい奴は、近衛騎士団か王立騎士団のようなところが向いているよ」


「……近衛騎士団も王立騎士団も、もの凄いエリート集団じゃなかったかしら」

「アルトなら大丈夫だよ。身分も実力も十分だ」

「……わたしは、お兄様のことを何も知らないわ」

 何を考えて、どういった理由でわたしを無視したのか、時々、気まぐれのように哀れみをかけてくださったのか。


「アルトは成績優秀で、入学してからずっと主席だったんだ。てっきり、魔法課程から文官を目指すんだと思ってたから、騎士課程に来たときは皆驚いたよ。……確かに最初は大分、揶揄されていたけど、文武両道を地で行くような優等生のくせに、意外と根性のある奴だった」

 楽しい思い出のように言って、リオンは笑った。


「ありがとう。お兄様のことを教えてくれて」

「学院の話でよければ、いくらでも話すよ」

 リオンは、アルトお兄様がいかに優秀な後輩だったかという話をしてくれた。

「アルトは騎士課程でもあっという間に学年主席になって、すぐに馬術大会でも優勝したんだ」

「あ! それは知っているわ!」

「剣術のほうは確か、アルトは二位だったかな。なにしろあの学年、剣聖候補のキースが居たから……」


 お兄様が、馬術が得意なことだけは知っていた。

 屋敷の庭でも稽古していたし、お父様もそれは認めて誇りにしていた。

 ローランド寄宿学校にも、近隣の学校や様々な催し物のニュースは入ってきていたから、新聞にお兄様の名前と姿絵が大きく載っていたのを覚えている。

 そして、同じヴェルメイリオなのにこうも違うのか、とヒソヒソされたことも覚えている。

 それでもわたしは、その新聞をこっそり持ち帰って大切にしていた。


「アルトは、学内では家族のことは一切話さなかったよ。家同士の付き合いがある奴しか、家族構成までは知らないだろうな。俺はたまたま、アルトから別件の相談を持ち掛けられていて、そのときに聞いたんだけど」

「相談、って?」

「うーん。それはちょっと言えないかな。俺とアルトの秘密だから」

「そう……」

「気を悪くしたならごめんね」

「ううん。また今度、アルトお兄様のお話を聞かせてほしいわ」


 最初に見たときから、ずっと、リオンが誰かに似ていると思っていたのだ。

 それが、今わかった。

(アルトお兄様と似ていたんだわ……)

 リオンが馬に乗る姿が、乗馬大会で優勝した兄の姿絵と重なっていた。


 貴重な交通手段であるから、乗馬を嗜んでいる人は他にもたくさんいるけれど、人それぞれ馬に跨がる姿勢には違いがある。

 職種(ジョブ)や熟練度によっても違う。

 お兄様もリオンも、姿勢が綺麗で華がある。

 生まれついての貴族であると、誰の目にも明らかなのだ。


 騎士というのが、華やかで人気の高い職業だということはわたしも知っている。騎士職の男性というのは、貴族令嬢たちの憧れの的なのだ。

 お兄様が馬術大会で優勝したときも、それはもう、寄宿学校の令嬢たちが大騒ぎだった。お兄様のことを聞き出すために、珍しくわたしに話しかけてきた者もいるくらいだったのだ。

(同じ騎士課程だったから似ていると感じたのね……)


 そこで、ふと疑問を感じた。

 リオンの冒険者カードは、職業(ジョブ)が剣士だった。

「リオンは騎士になろうとは思わなかったの?」

 騎士課程を卒業したら皆、騎士になるものではないのだろうか。


「堅苦しいのは苦手だよ。それに、俺は騎士適性がなかったから。鑑定で出たジョブが、剣士だったんだ」

「適性がないと、騎士課程を出ても騎士にはなれないの?」

「騎士職に就いている騎士と、鑑定で出るジョブが騎士であることは別なんだよ」


 わたしはちゃんと学校を出ていないから、卒業後の進路のことは、どういう仕組みになっているのかよく知らない。

 貴族学院で騎士課程を出たら騎士職に、魔法課程を出たら魔法職に就くのだろう。それは軍務関係だったり、政務に携わる官職であったり、研究職や教育職だったりするのかもしれない。

 アレスニーア魔法学園では──魔法学園という以上は──卒業後の進路は魔法関係の仕事になるのだろうけれど、アレスには平民も在籍しているそうだから、貴族学院の卒業生と違って官僚になる者ばかりではないはずだ。


 そもそも、貴族の男子は親の後を継ぐものと決まっている。

 嫡男は家督やら爵位やらを相続し、事業を継承し、領地を経営する。

 嫡男以外は、新たな家長の下で家業を手伝い働くか、独立して新たな事業を興すか、個人の才覚で宮仕えの道を歩むことになる。

 女子の場合は、言わずもがな。一人娘ならば婿を取るけれど、それ以外の娘は全員、他家へ嫁ぐことになる。

 行儀見習いとして、より高位の貴族邸で秘書やメイドとして働いたり、花嫁修業として習い事を続けることもあるようだけれど、どれも嫁ぐまでの一時的なものだ。


 わたしが知っているのは、このような貴族としての一般的な知識だけで、平民出身の魔法使いが卒業後にどのような職に就くものなのか、ほとんど知識がなかった。

(まさか、全員が冒険者を目指すわけではないわよね……? 治癒術者になるには、教会に所属しなければならないはずだし……)

 魔法の中でも、治癒魔法と聖属性魔法で生計を立てるためには、魔法学校を出ただけでは駄目なのだ。

 聖属性魔法は教会の管轄──()いては大神殿の統轄下にあるから、魔法学校ではなく教会で研鑽(けんさん)を積まなければならない。

 もちろん、所属を許可してもらえるのは「人間(ヒト族)」に限られる。


 市井で魔道具を取り扱っている店や、冒険者相手の魔法アイテムを売買している道具屋もあるけれど、その多くも世襲であって、わざわざ学校を卒業してから開業するようなものではないはずだ。


 比較的、馴染み深いはずの“魔法使い”の進路でさえ、その程度しか想像できない。

 家を継がない貴族の子息が、貴族学院を出ておきながら騎士にも文官でもならず、ましてや冒険者にもならないとしたら、もはや想像の及ぶところではない。

ここまでお読みくださってありがとうございます。

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