13.生活魔法と無属性魔法
「軽量化と……あと、浄化魔法も必要ね」
わたしは旅行鞄と自分たちの格好を見下ろして呟いた。
レッドの服は血まみれだった。
ほぼ、彼自身の血である。
「浄化はいいって。魔力の無駄遣いすんなよ。汚れたくらいで死にやしねーよ」
「血の匂いで魔獣が寄ってくるかもしれないわ」
今のわたしたちは、まともに戦えないのだから用心に越したことはない。
軽量化の魔法は、生活魔法という初級以下の無属性魔法に分類される。
浄化魔法も同様。
属性魔法が使えないわたしにも使える、数少ない魔法だ。
無属性でも、生活魔法として定められた術式を使えば、かまどに火を入れたり、焚き火に火を点ける程度の炎は出せる。
それは生活魔法というものが本来、魔力が非常に弱い一般人のために開発されたものだからだ。
魔力は人の生命力と直結しているものだから、量や強さに差はあれど、誰もが持っているものだ。
昔々、強い魔力を持ち、高度な属性魔法を使いこなした人間が、その力を使って国家を興し、それ以外の者を従えた。四属性の魔法で国を平らげ、治世を強固なものとした。
つまり、魔力の強いものは権力を得て貴族に、そうでない者は平民となった。
その平民のためにできたのが、魔力が少なくても弱くても、知識がなくても使える「生活魔法」という存在だ。
昔読んだ初級魔法史の教本の、最初のほうに書いてあった。
理論を知らなくても、四属性のなんたるかを理解していなくても、手順に従ってなぞるだけで発動する。今日では、より簡略化した手順で発動させられるよう、各種魔道具が開発されてもいる。
だから、出来損ないの魔法使いでも、生活する分には困らないのだ。最悪、生活魔法を駆使してメイドでもやれば生きていける――理論上は。
(わたしの場合は、右目のせいでどこの採用面接でも断られるだろうけど……)
断られるだけならまだいい。運が悪ければ退魔アイテムを持ち出して攻撃されかねない。
亜人種――人間ではない種族に対する仕打ちは、そういうものだ。
亜人が生きていくためには、契約奴隷として生活を保障してもらうか、冒険者として稼ぐしかない。
(それだって、公平や平等とはほど遠い)
冒険者ギルドでも、割のいい依頼は常連や態度の大きいパーティーがさらっていく。コネも実力もない冒険者は、長い間下積み生活を強いられる。
ところで、軽量化魔法が役に立つのは重量物の運搬の際だと思われがちだが、意外と活用されているのが洗濯の後である。
お屋敷で雇われているメイドだけでなく、アトリエの近所のお姉さんや、下町のおかみさんや、年ごろの女の子など――洗濯に携わる女性はほぼ全員、使えると言ってもいい魔法だ。
濡れた洗濯物というのは、意外と重たいものなのだ。
洗い場から、濡れた布が入った大きなカゴを抱えて干場まで何往復もするのは、十歳にも満たない子供にはつらいものだった。
その前に、洗濯魔法が使えなければ洗濯もできない。
(――さんざん手伝いを押し付けられたせいで、生活魔法だけは上達したわ)
おかげで、生活魔法に属性は必要ないことが早くにわかった。
(洗濯魔法が得意な伯爵令嬢ってどうなのよ、とは思わなくもないけれど)
家族と――家族と呼べるのかどうかさえ怪しいが――使用人の大半から厄介者扱いされている時点で、令嬢もへったくれもない。
――今、あの家で伯爵令嬢を名乗っているのは異母妹のシャーリーンだ。
だからどうだという話でもない。
今さら何を言ってもどうにもならない。
あの二人には、部屋もドレスもフィレーナお母様の形見も奪われた。
居場所さえ奪われ、寄宿学校に押し込められた。
義母のイーリースと異母妹のシャーリーン、あの二人を家に招き入れたのはお父様だ。
(お父様は、あの女がフィレーナお母様のドレスやアクセサリーを身に付けているのを見て、なんとも思わなかったのかしら……?)
泥棒のような二人が屋敷で好き勝手するのを見ても、あのころのわたしには何もできなかった。
無力で弱かった当時のわたしは、継母と対決せずに逃げることを選んだのだ。
それを後悔していないとは言わないが、あのままあの家にいたら確実に殺されていただろうから、仕方がなかったと思っている。
「――ん、できた。成功したよ」
生活魔法は得意なのだ。
軽量化魔法は成功し、二つの旅行鞄は羽のような軽さになった。
この際なので、最大限に重ね掛けしておいた。困ったことに、落としても軽すぎて気付かないかもしれない。
「浄化したところで、あまり変わらないわね……」
浄化魔法も成功した。
が、汚れは落ちても、服に開いた穴までは塞がらないのだ。わかっていたが、レッドの服はいたるところに穴が開き、切り裂かれた襤褸になっていた。
「後で古着でも探しましょう。それまでは我慢して」
「別にいいって」
「従者が見窄らしくては、主が恥をかくのよ」
「アリアって、変なところだけ貴族様だよなー」
申し訳ないが、乗客と盗賊の死体は放置する。
この後、獣に食い荒らされるかもしれないが、弔ってやる余力も時間もない。
せめてアンデッドにならないことだけ、祈っておく。
「行こうか」
「ああ。アリアと一緒なら、どこまでも」
*
ちなみに、レッドの右脚は拾わなかった。
脚は完全に再生しているから、接合する必要はないし、そもそも毒霧が付着しているだろうから触らないほうがいい。
ブーツや膝当てなどの装備だけ付け替えて、残りは馬車の燃え残りの中に突っ込んだ。
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