124.解体魔法
わたしは、怪鳥の解体を手伝うために馬を降りた。乗せてもらうときは、手を貸してもらわないと乗れないけれど、降りるときは飛び降りるだけだから簡単だった。
貴族令嬢のやる行為ではないけれど、わたしは令嬢扱いされるような育ち方はしていないから、気にしない。気にするくらいなら、冒険者になんてならない。
小山ほどある巨大な鳥型の魔物に向かって、解体魔法を放つ。
治癒魔法しか使えないわたしは、たまに回復役として入れてもらうパーティーでも、荷物持ちや食事係、火の番や夜中の見張りなど、色々な雑用をこなしてきた。魔物の解体もその一つだった。
最初は、一人のときに罠で狩った野ネズミや野ウサギなどの小さい獲物で練習した。
生活魔法と無属性魔法は失敗したことがないから、順調に解体魔法のレベルは上がっていった。
町のお肉屋さんで、手伝い募集の依頼に応じたこともある。
店主のおじさんには、店番の女の子を募集したわけではないと言って、最初は断られそうになったけれど、浄化と軽量化の魔法も使えたから、なんとか短期間だけ雇ってもらうことに成功した。
腸詰肉に練り込む香草の調合割合は、そのときに覚えた。
生活魔法には、肉を加工して保存食を作るための魔法もあるのだけれど、買ったほうが簡単だからと今では大半が忘れられている。
肉屋の奥さんでも知らなかった、腸詰肉を一瞬で作る魔法を──知っていても、売り物にするほど大量の腸詰を作る魔力がなかったのかもしれない──披露してから、なんとなく気まずくなったので辞めてしまった。
短期で雇った冒険者見習いの小娘が、肉屋を営む自分たちよりも手早くきれいに腸詰肉を作るのだ。しかも魔法で。
そもそも魔法が得意ではないご主人は、大きな肉の塊を解体調理する腕っ節が自慢なのであって、小柄な少女が腕力の代わりに何でも魔法で済ませるのを快く思っていなかった節がある。
(お金が必要だったから、気づかなかったフリをしたけれど……)
冒険者パーティーでは、治癒魔法の他に支援魔法もたくさん使った。十分に効果は出ていたと思う。
けれど攻撃に使う属性魔法が使えないというだけで、最終的にはお荷物扱いになって、雑用の大半をやらされた。
パーティーの“お荷物”である回復役が、パーティーの“荷物”を運ぶのだからお笑い種だ。
でも、軽量化の魔法もとても上達した。
夜番はあまり任されなかった。なぜなら、攻撃魔法が使えない小娘は、魔物が襲ってきたら一撃で殺されてしまうだろうから。
声も上げずに即死されたら、寝ずの番をさせている意味がない──という身も蓋もない理由だった。
解体の手伝いは、任される機会が多かった。
あるパーティーに、あまりにも解体が下手な人がいて、見るに見かねて代わりを申し出たら、その後から解体は全部わたしの仕事になった。
(だって、可食部がなくなりそうだったんだもの)
交代する間際に“解体魔法なんて便利なもんが使えるなら早く言え”と毒を吐かれた。
わたしが魔法で解体したほうが、早くてキレイだから、と手腕を見込んで頼むポーズを取っていたけれど、本音はわかっていた。
食べられる獲物の場合は、自分たちで解体するよりも早く食事にありつけるから。
食べられない魔物の場合は、キレイに解体できているほうが、買い取り金額が上がって自分たちの取り分が増えるから。
(──こうなることがわかっていたから、言いたくなかったのよ)
増えた取り分のことはわたしには言わず、自分たちの懐に入れているのも知っていた。
わたしは底辺レベルのポンコツ魔法使いだけれど、駆け出し冒険者というわけではない。素材の買い取り相場くらいは知っている。
でも、黙っていた。
属性魔法が使えないわたしには、そこで文句を言う権利はないと思っていたから。
時々、解体途中に素材の一部を盗んでいないか疑われたりもしたけれど、自分で解体した材料で料理を作ることは楽しかった。
みんな、損得勘定なしで“美味しい”と言ってくれたから。
その瞬間だけは、他人の好意的な感情を信じられたから。
今思えば、回復以外の仕事は断ってもよかったのだろう。
解体も食事係も、交代で回ってくる当番だというのなら受け入れるしかない。仲間同士で助け合うのがパーティーだから。
けれど、毎回わたしが解体から食事の支度まで全てを担当し、当然のように荷物持ちまで押し付けられていたのは、今考えるとおかしい気がする。
中級以上の治癒魔法を使えるのなら、一人前の回復役として通用する。過剰な雑用の押しつけは、居丈高に“馬鹿にするな”と言って断っても、訴えられることはなかったはずだ。
ギルドの誰に聞いても、回復役として雇った冒険者に荷物持ちをやらせるのは契約違反に当たるし、追加料金を支払う義務が生じる。
でも、わたしは何も言わなかった。
魔力には余裕もあったし、パーティーの仲間だから、それくらいの融通は利かせても構わないかと思っていたのだ。
だいたい、特別に酷い待遇をされたわけでもない。
実家でシャーリーンとメイドたちにやられたことや、寄宿学校での生活に比べれば、解体と食事係と荷物持ちを押しつけられるくらいのことは何でもない。
寄って集ってモップの柄で殴られたり、ものの試しや冗談で刺されたり、事ある毎に食事に毒を盛られるわけでもないのだ。
パーティーで食べた食事は普通に美味しかったし、夜番がない夜は普通に眠れた。
寝場所を探して彷徨う必要もなかったし、シャーリーンの悪質ないたずらで夜中に叩き起こされることもないのだから、野宿でも野営でもありがたいくらいだった。
わたしが甘んじて雑用をこなすことで、パーティー運営が円滑になるのなら、それでいいかと思っていた。
(だって、嫌われたくなかったから)
その頃の、悪い癖が出たのかもしれない。
わたしは解体後の分離された素材を拾おうと、ワタリの黄色い羽に手を伸ばした。
クロスの講釈によれば、この怪鳥が七色ワタリと呼ばれるのは、黄色い被毛をした雷属性の他にあと六色──六属性のワタリが存在していて、全部で七色になるかららしい。
生息数が多く、被毛の色と魔法属性が一致しているため、倒し方は周知されている。珍しくはない中級の魔物で、平原に出たことがある冒険者なら、知らない者はいない──とのことだった。
わたしとレッドは、王都近郊でしか活動していないから、こんな鮮やかな色の魔物が存在することは、知らなかった。
(魔物とは思えない、綺麗な羽だわ……)
黄色というより、よく実った麦の穂のような黄金色だった。
(大きくて、帽子の羽根飾りみたい……)
拾った羽を、陽の光に透かして眺めた。
「痛っ!」
うっとりしていたら、黄金色の美しかった羽があっという間に真っ赤に染まった。
「アリアちゃん!?」
リオンとクロスの制止も間に合わなかった。
「馬鹿、素手で触るな!」
わたしは、刃のような羽で指先を切ってしまった。
今まで、料理中にも手を切ったことなんかなかったのに、とんだドジを踏んでしまったものだ。
右手の指先から、ボタボタと血の雫が垂れた。
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