123.ご馳走を前に/レッド視点
二人とも無事で、手を振り返してくれた。
アリアは安全のためか、馬の首筋に沿って頭を伏せた不自由な体勢だが、ほんの少し身を起こして手を振ってくれた。
目が合った──珍しく、右の紅玉色の瞳がオレを捉えた。
オレは慌てて、リオンの真似をして手を振った。
アリアが、もう一度手を振ってくれる。
リオンが馬を操って、怪鳥に最後の一撃を見舞うため、突撃をかました。
馬鹿だな、オレ。
リオンのときよりも、少しだけ大きく手を振ってもらったからって、浮かれているのが自分でもわかる。
最初から何もかも違うのに、リオンたちと自分を比べて惨めな気持ちになっていたのが、アリアが視線を合わせて手を振ってくれただけで、一瞬で浮上した。
(仕方ないだろ。アリアはオレの“ご主人さま”なんだから)
どうせ、たぶん、契約魔法の副作用か何かだ。
リオンが最後の一撃を決めて、怪鳥を仕留めた。
「よし! 解体して剥ぎ取るぞ! こいつの魔力を帯びた羽は、素材として高く売れる!」
「肉は? 肉は食えるのかっ!?」
「あ……いや……」
リオンが急に言い渋った。
「やめておけ、こいつの肉は固くて不味い。はぐれワタリなら、余計に固くて不味いだろう」
駆け寄って来たクロスが言った。
「うーん……。食べたいっていうなら止めないけど、オススメはしないかな」
グルメのリオンが言うんだから、本当だろうが……そう言われると、むしろどんな味が知りたい気もする。
「こいつはここに放置して、他の魔物を寄せるのに使う。ここでワタリの肉を食っている間は、オレたちに気づいても追っては来ない」
「こんなに大きいんだぞ! 食い放題じゃないか! むざむざ他の魔物にくれてやることねえだろ!」
オレは、目の前の小山のような物体を指して食い下がった。
「レッド、ネズミ肉と大差ないから止めておいたほうがいいよ。食べたいなら、今度ブル型かベア型の魔獣が出たら捕ってあげるから」
「何言ってるんだよ! ネズミ肉はご馳走だろうが!!」
オレが言うと、リオンにドン引きされた。
「貧しい平民と下級冒険者の間では、そうだろうな」
クロスが、リオンに対して補足するように言ったが、何気にすごく失礼なことを言われた気がする。
「ごめんね……レッド。ちゃんと食べさせてあげられない、不甲斐ない主人で」
「あ、いや……そういう意味じゃ……」
しまった。失言、ってやつだ。オレの言い方が悪かったせいで、アリアに飛び火した。
「でも、今回は駄目なのよ。我慢してちょうだい」
「アリアがそう言うなら……」
仕方がない。ご主人さまが言うなら、あきらめよう。
「解体、手伝います」
アリアが馬から身軽に飛び降りた。
それを見てオレも急いで馬から飛び降りる。
解体するための道具を──と思って手元を見た。
手元には、借り物の細い短剣しかない。どうしようかと思っていると、アリアが解体魔法を使うと言い出した。
解体魔法は生活魔法の中でも、特に便利魔法と呼び括られている中の一つだ。
野ネズミや野ウサギ程度の大きさなら、手で捌いても大差ないが、小山ほどの大きさの魔物には重宝する。
そのため大きな魔物を仕留めることが多い、高レベルのパーティーには、解体・浄化・軽量化などの便利魔法に長けた冒険者が必ず加わっている。
加わっていない場合は、たいがい奴隷か下っ端の仕事だ。
アリアは周囲から、属性魔法が使えないポンコツ魔法使いだと言われているが、逆に言えば、属性魔法以外は上級冒険者にも劣らない。治癒魔法にいたっては大聖女級だ。
(じゃなきゃ、とっくにオレ死んでるし)
生活魔法は、今では年寄りしか使わないような細かいものまで知り尽くしているし、何種類かの便利魔法は上級冒険者並み。無属性魔法の威力は、属性魔法の代わりの攻撃手段になる程だ。
アリアが解体魔法を使うというなら、ナイフも短剣も必要ない。
巻き込まれて一緒に解体されないよう、下がって見ていれば一瞬で終わる。
アリアが指先で軽く魔力を解き放つと、まばたきする間に羽毛部分だけが分離して、その場に落ちて積み重なった。
「見事だ」
後で見ていた魔法使いが褒めたたえる。
剣を収めたリオンが驚いた顔で絶句していた。
「クロスが他人を褒めている……」
聞けば、めったに生徒を誉めない厳しい教授として有名なのだそうだ。リオンが学園に遊びに行くと、他の教授たちから愚痴られるらしい。
長い付き合いのリオンも、クロスが拍手までして他人を褒めるところなど、一度も見たことがないと言った。
「あれは、ちょっと拙いかも……。クロスの奴、アリアちゃんのこと完全に弟子認定してるよ」
リオンが呟いた。
思えばオレはこのとき、リオンの言葉の意味を詳しく聞いておくべきだったのだ。
でも、解体された羽を拾い集めるのに忙しかったり、アリアが羽でケガをしたりと色々あって、後回しにしたきり忘れてしまった。
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