122.魔力の匂い/レッド視点
「勘弁しろよ! オレはあんたの従者じゃねえんだよ!!」
リオンの背中をばしばし叩いて抗議してみたが、聞く耳は持ってもらえない。
「大丈夫、すぐ片付けるよ」
リオンはそう言って、怪鳥に向かって突撃した。
怪鳥が地上に落ちるや否や、待っていたように馬を走らせたのだ。判断が早いのはいいことのはずだが──冗談じゃねえ。
(静観してろっていうなら、オレを置いてから行けよなっ!!)
薄い刃のような羽がバサバサとこっちまで飛んでくる。
馬に二人乗りしている状態じゃ、うまく避けられねえし、戦うにしたって細い短剣一本じゃあ、巨大な怪鳥に通じるとは思えない。
オレが愛用していたダガーは盗賊との戦いで失ってしまった。
この短剣はリオンに借りたものだが、リオンの持っている武器は、だいたいにおいて美術品のように線が細い。実用品と芸術品のちょうど境にいるようで、下手な使い方をすると折れそうで怖い。
しかも、折れたら絶対に弁償できないような値段だろう。
そういう責任問題は、全てオレの飼い主であるアリアの下へ行く。
(何が静観してろ、だ。こんなん、静観しかできねえよ!!)
喚いてもどうにもならなかったので、あきらめて身を守ることだけに専念した。
手を出すなと言われても、それくらいのことは許されるだろう。
(ダンジョンで囮に使われるよりかは全然マシだし、ま、いっか)
そもそもオレが怪我をしたら、アリアが悲しむ。また治癒魔法を使わせて、魔素中毒を起こすかもしれないと余計な心配をさせる羽目になる。
だが、確かにリオンは腕が立つ。
繰り返し怪鳥に斬り付けて、順調にダメージを与えていた。
盗賊連中の剣とは違う。然るべきところで厳しく訓練された、きれいな剣筋だった。
リオンが飛んでくる羽──薄刃のナイフか剃刀の刃だ──そのほとんどを叩き落とし、何度も怪鳥を斬り付け、そろそろ次で止めかという時だった。
何かを、感じた。
魔物の魔力が高まる音──というか、魔物の心拍が高まる音というか、魔力から魔法が練り上げられて行く瞬間の匂い──というか、ビリっと空気中に走る魔法攻撃の予兆──というか、とにかくヤバそうな気配を感じた。
言葉では言い表せない。
オレは魔力を感知できるほど魔法には長けていない。
だからこれは勘だ。
何度もダンジョンで命を救われた、盗賊の勘だ。
だからオレは叫んだ。聞き入れてもらえなくても構わない。
「リオン、離脱しろ! 次は魔法が来るッ!!」
わかった、とリオンは大きく馬を迂回させて、怪鳥から距離を取った。
間一髪だ。ワタリの羽ばたきから、閃光と共に何本もの雷撃が撃ち出される。黄金色をした雷属性の魔法攻撃が複数、放たれる。
「クソっ、範囲攻撃かよ!」
「あ、そこまではわからないんだ?」
「わかるわけねえだろっ! こいつ見るのも初めてだよっ!」
奴隷ごときの言葉に従ってくれたのはありがたいが、何というか緊張感がない。
「あの魔法攻撃を予見できるなんて、キミ凄いね」
そんなこと言ってる場合じゃねえだろ! 早く止め刺せよ!
でも、誉められて悪い気はしない。
「ワタリの予備動作なしからの魔法には、いつも迷惑していたから助かったよ。ありがとう」
「お、おう……」
うん? ちょっと待て。「迷惑」って──そういう次元の話なのか??
“近所のゴミ捨て場を野生の獣が荒らして困る”っていう程度の困り具合に聞こえたが。
(──たぶん、そうなんだろうな)
リオンもクロスも、オレたちよりずっとレベルが高い。
ダンジョンと王都近郊でしか活動してないオレとは、知識も経験も戦い方も、全然違う。こんな化け物鳥くらい、たいした敵ではないんだろう。
こいつも、たいがい変な人間だった。
アリアもそうだが、奴隷と対当に話す人間は珍しい。
ましてや礼を言うなんて、あり得ない。
アリアで慣れたはずだったが、正当な冒険者であるリオンに言われるのは、また別だ。ちょっと、尻の辺りの座りが悪い。
「アリアちゃんなら大丈夫だよ。クロスが一緒だもの」
範囲攻撃で複数の雷撃が放たれたから、そのうちの何本かは、アリアとクロスの馬が待機している方向へも流れている。
防御していなければ直撃していたはずだが──リオンが怪鳥に止めを刺しに突っ込む前、わざわざ二人の視界に入る位置を通って、剣を握った手を振った。
(余裕かよ……)
というか、パフォーマンスが上手い。
これは、あれだ。御前試合とか何かの大会とか、大勢が見守る華やかな場での勝負に慣れた人間の振る舞いだ。その中でも、観客へのアピールを忘れない、人気取りの上手い人種だ。
ダンジョンで地べたを這い回り、宝を盗掘し、時には本物の盗賊として殺しや盗みにも加担していたオレとは違う。
他人に愛想を振りまくのは保身のため──道化でいれば、殴られる率も減る。
最初から華やかな場所には縁がない。生まれたときから一生、裏方として使い潰される奴隷の身分だ。闘技奴隷にでも身を落とさない限り、笑顔で観客に手を振る機会なんて、一生ない。
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