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120.襲来/クロス視点

 シャーリーンの名前が出た瞬間、アリアの魔力が大きく震えたのを感じた。

(言えないことがあるか、もしくは恐怖の対象か……)

 そこまではわからないが、恐怖の対象であるというのは十分にあり得る話だ。


 アリアは魔力を隠すことが上手い。

 膨大な魔力を制御しているというよりは、懸命に悟られないようにして、出来損ないの魔法使いを演じているような雰囲気がある。

(いや、属性魔法が使えない劣等感から、出来損ないの魔法使いとして相応しい魔力量でなければならないと思い込んでいるのか……?)

 態度にさえ出さなければ、普通の人間や並の魔法使いには、まず悟られることはないだろう。


 顔にも態度にも、動揺を表さないでいること──それが貴族の(たしな)みとして(つちか)ったポーカーフェイスだというのなら、言及することは何もない。

(恐らく違うだろうが)


 出会ったばかりのとき、オレは魔力移譲(トス)に失敗して、アリアに怪我をさせてしまった。

 魔力を譲り受けるためにつないでいた左手から血を流しながらも、彼女は異常なほどに冷静だった。

 一般的な貴族令嬢なら、血が流れるほどの傷を目の当たりにしたら、卒倒してもおかしくはない。市井に暮らす平民の女でも、手のひらで魔法が爆発すれば、(おび)えて狼狽(うろた)えるのが当然の反応だ。

 現役の冒険者であれば、魔法を失敗したことに食ってかかっても不思議ではない。

 

 アリアはどれにも当てはまらなかった。

 本人も、本職の魔法使いではないと言っていたから、冒険者としての戦闘経験が豊富というわけでもないだろう。

 それでいて、怪我をした結果とその状況について、妙に冷静に分析する余裕があった。

(あまつさえ、魔法陣の欠点と失敗した理由まで看破(かんぱ)してみせた)


 治癒魔法の練習台に自分を使ったようなことを言ってもいたが、恐らく、それだけではないのだろう。

 自分に対して治癒魔法を使ったことで、結果的に魔法が上達したのだとしても、最初から自分を練習台にしようと考えたはずがない。

(何かの“きっかけ”があったはずだ)


 貴族社会の中で、異端な者がどのような仕打ちを受けるか、オレはそれをよく知っている。

 女のイジメや嫌がらせは、男のそれとは違うと聞くが、アリアの受けた仕打ちがオレの知っているものと一部でも共通するのなら、治癒魔法がなければ今日まで五体満足ではいられなかったはずである。

 たとえ打擲(ちょうちゃく)は受けなかったとしても、うっかり(・・・・)転んだり、うっかり(・・・・)階段から落ちたりというようなことが重なれば、子供の骨などすぐに折れる。打ち所が悪ければ、死ぬことだってあり得る。


 あまり、アリアの前でシャーリーンの話はしないほうがいいかもしれない。平気な顔をしていても、本当は話題にしたくないと感じていることは、魔力を通して伝わってくる。

 オレは、リオンにそう伝えてやめさせようとしたが、その前に猫族(レッド)が声を上げた。


「おい、何か来るぞ!」

 レッドが、リオンの背中を叩いて(わめ)いている。

「何だ、魔物か?」

「わかんねえけど、相当デカいやつだ」

 一拍の後、結界の末端に衝撃を感じた。

 

 驚いたことに、魔法結界が気配を感知するよりも早く、レッドの索敵スキルが反応したのだ。

「リオン、レッドの言う通りだ。結界に反応がある。魔物だ」

 隠蔽魔法のほうは破られていないから、人為的なものではない。

「わかった。レッドとアリアちゃんは静観しててくれ。魔物は俺とクロスで対処する」

 リオンが指示を出しながら剣を抜いた。

 魔物避けの結界が破られた。

 つまり相手は、結界で退け切れなかった大型の魔物か、気の立った魔獣ということだ。

 馬を操ってリオン(とレッド)が前に出る。

 オレ(とアリア)は援護のため、少し下がってリオンの後ろに付いた。

 

「なかなか索敵スキルのレベルが高いな」

 すれ違い様、レッドに声をかける。

「こんなもん、スキルの内にも入んねえよ。盗賊(シーフ)名乗んなら、索敵くらい人間(ヒト族)より早くできねえと、獣人奴隷なんざ、あっと言う間に捨て駒だぜ」

 誉めたつもりだったが、返ってきた言葉は思った以上に闇が深かった。


「風魔法で翼を(きざ)む。奴の落下に巻き込まれるなよ!」

 破れた結界の上空から、巨大な黒い影が飛来する。

 敵は怪鳥ワタリ──の黄色個体だ。

 厄介なこと、この上ない。

 オレは滑空しながら突っ込んでくる怪鳥に向かって、勢いよく腕を振り抜いた。

 アリアには、頭を低くして馬の首筋に伏せているよう伝えてあった。

 オレの篭手には切り詰めた杖が仕込んであって、無手でも精度の高い魔法が放てるように細工してある。頭を上げていられると、腕を振り抜いた勢いで肘鉄を食らわせかねなかった。


 風魔法のストームカッターとエアロブレイドを連続で見舞う。風属性が多い飛行型の魔物に風魔法は禁忌とする向きが多いが、今の相手は黄色個体だ。風属性でも十分に効果が出る。

 ギィアアア──と奇声を上げた怪鳥が、血飛沫と黄色い羽毛を飛び散らせながら、斜めに傾ぎながらオレたちの真横をすり抜けて飛び去った。

「チッ──落ちなかったか」

 七割では、加減し過ぎたようだった。


 開けた平原では、常に上空からの攻撃に対処しなければならない。しかし、上空への遠距離攻撃と範囲攻撃は、オレの魔法でしかできない。この先の道のりを考えると、一度の戦闘で魔力を使い切るわけにはいかないのだ。

 隠蔽や魔物避けも同様で、完全に魔物を退け、姿を隠すような、強力な魔法を使うことはできなかった。

 

 魔物が咆哮を上げながらUターンしてこちらへ戻ってくる。翼は傷ついてはいるが、忌々しいことにまだ飛べるようだ。もう一撃入れてやれば、今度こそ墜落(落ち)るだろう。

 即死させられなくとも、地上に落とせば後はリオンが片付けてくれる。

「さすが、はぐれ(・・・)だけあって頑丈だな。普通のワタリなら、あれで落ちるはずなんだが……」


 剣士であるリオンは、飛行型の魔物とは相性が悪い。早々に空から引きずり落とさないと、面倒なことになる。

 それはレッドが加勢しても同じことだ。盗賊も猫族も、対空戦や遠距離攻撃の技術を持ち合わせていない。

 そもそもリオンは、今回はレッドもアリアも戦闘に加わらせるつもりがない。


「クロス、手ぇ抜いてるのか!?」

 リオンから、揶揄(からか)い半分の檄が飛んだ。敵が厄介な怪鳥であることに、特段の焦りはない。

「悪い。加減を誤った。次で落とすから待ってろ」

 魔力の使い過ぎは確かに心配だが、ここで手を抜くのは違うだろ。

「エアロブレイド、五割で行く」

ここまでお読みくださってありがとうございます。

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