12.ありがとう
「え、それ重ね掛けして大丈夫なのか?」
「わからない。駄目で元々よ」
魔法鞄には、基本仕様として軽量化魔法が付与されているが、これは安物のため、さして強い魔法はかかっていない。見た目程度の重量は残っている。
なので、軽量化の魔法を重ね掛けしようというのだった。
ただし、魔法には相性があって、重ね掛けに適さない場合がある。だいたい、市販の魔法アイテムと、後からかける魔法は相殺し合うか反発し合う。運が悪いと、中身に何らかの悪影響が出る。
魔法薬を生成するための器具と、貴重な本も入っていたから、旅行鞄が無事だったことは幸運だった。
馬車は爆発で壊れたけれど、衝撃で遠くまで放り出されていた荷物は、火球の残り火でも燃えなかったのだ。
けれど、この場に置いて行くくらいなら、駄目元で魔法をかけてやる。失敗して中身が使えなくなっても、そのときはそのときだ。
(だって、これだけ死んだら絶対、大きな事件として扱われる)
乗客八人(わたしたち除く)と、盗賊二十人の死体がここにある。
駅馬車が次の村に到着していないことがわかれば、事件として扱われて調査隊が動く。調査の結果、荷物と死体の数が合わなければ、後で面倒なことになるだろう。
決して、苦労して集めた材料や道具を、見知らぬ誰かが拾って得するのが許せないという、狭量な気持ちだけではない。……はず。
(どうやって生き残ったのかと聞かれたら、わたしの魔力量のことや、わたしがここで死ななかったことが明るみに出る)
魔力量と右目のことを論われ、蔑まれるのは、できれば避けたい。レッドも、獣人だからという理由だけで無意味に厳しい取り調べを受けることになるだろう。
軽量化が成功しなければ、荷物は焼き捨てるつもりだった。灰は、馬車の燃え残りに混ぜておけば、すぐには見つからないはずだ。
軽量化魔法をかけずに持って行くという選択肢はなかった。
二人分の旅行鞄(見た目なりの重量がある)を背負った上、たとえ細身とはいえ、まともに歩けない男の子を支えながら次の村までの夜道を進むのは、わたしの体力では自殺行為だった。
(歩くだけならまだしも……)
わたしは、小人族二人分くらいの大きさがある旅行鞄を恨めしげに見つめた。
(仕方がない、か)
気力や体力が減れば、魔力はあっても魔法の威力が落ちるのだ。
ただでさえ、属性魔法が使えないというハンデがあるのに、わたしの唯一の“武器”である魔法が使い物にならなくなる。
「ごめんな、アリア」
「さっき、謝るなって言ったのレッドよね?」
「悪ぃ……」
それからレッドは「ありがとな」と小さく付け加えた。
「いいのよ、レッドは十分に役目を果たしたわ」
「そうじゃなくて……さ」
「?」
「オレを、アリアの従者にしてくれたこと、感謝してる」
「レッド、頭でも打った? もう一度治癒魔法をかけましょうか?」
さっき死にかけたばかりで、何を言っているのだろう?
しかも、いつもは口が減らないくせに、何やら殊勝なことを言い出した。
「思い出したんだよ」
「何を……?」
「初めて会ったとき、アリア、さっきと同じように“歩け”って言っただろ?」
「……いつの話?」
「だから、初めて会ったとき。オレが、盗賊ギルドのクソ野郎にぶん殴られてたとき」
「ああ……。ごみ袋が蹴り出されてきたのかと思ったわよ」
わたしがわざと辛辣な物言いをすると、レッドは顔をしかめながらも、思い出してくれたかと破顔した。
この子、やっぱり頭打ってるわね。
あの境遇のことを、どうして笑って話せるのだろう。
殴られるばかりの毎日だったろうに。
食事も満足に摂れていなかっただろうに。
頭は打っていなかったとしても、死にかけたショックで一時的に混乱しているのかもしれない。
わたしはそう結論づけた。
「オレ、あのままだったら野垂れ死んでただろうけど、アリアが拾ってくれたから、今日まで生き延びられた。腹いっぱいメシ食わせてもらったし、」
「馬鹿みたい。契約奴隷であることには変わりないじゃない。それに、お腹いっぱいになるまで食べさせてあげたのは、最初だけよ」
それが事実だ。
あのときは結局、レッドを買い取るためにはお金が足りなくて、奴隷商会所有の奴隷のまま、契約主だけをわたしに変えるという方法を取った。次の更新のときまでにお金が貯まらなければ、レッドはまた一年間、奴隷身分のままである。
食事も、最初は欠食児童があんなに食べるものだとは思っていなかったから、想定していた食費が足りなくなって、翌日からは腹八分目で我慢させた。
「アリアはいい主人だよ。オレが知ってる誰よりも、さ。だから野垂れ死にじゃなくて、アリアを守って死ねるなら、幸せだと」
それ以上は聞こうとは思えなかった。
「魔法を使うから、ちょっと黙ってて」
「……」
誰かのために死ねたら幸せだなんて、そんなのは偽善だ。
そんな自己満足の「ありがとう」なんて欲しくはない。
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