118.姉妹とは/リオン視点
「砂漠と言えば、東大陸の遺跡調査をやっている辺りだろう? そんなに酷い環境なのかい?」
アリアちゃんがクロスの話にドン引きしているのがわかったので、俺は話題を変えようと、背後のレッドに砂漠の話を振ってみた。
神話時代の遺跡ではないかと言われている建築物が、大陸の東の果てにある。
遺跡の周辺だけが風化したように更地となっていて、大規模な魔力災害を思わせる一帯だ。
そこの遺跡を調査するべく、今までに何度か調査隊が派遣されているが、過酷な自然環境や僻地であること、交通の便が悪い──補給が安定しないことなどから、ほとんど調査が進んでいないという話だった。
近年は、補給路の確保を優先するべきであるとし、付近に調査基地や中継基地を作る話が持ち上がっていて、そのための工事が進められている。
けれど、劣悪な環境で奴隷を酷使しているというのなら、一応、兄貴に報告しておいた方がいいかもしれない。
担当官がどのような采配を振っているか、詳しいことまでは知る由もないが、必要なら視察のために人員を割いてもらわなければならない。
「環境っていうか……悪ぃ、話せるほど詳しくは知らねえんだ。みんな、行ったきり帰って来ねえから……」
「そうか……」
ちょっと、失敗したかな。猫くんは、あまり話したくなさそうな様子だった。
それなら、と今度はアリアちゃんに話しかけてみた。
「ねえアリアちゃん、シャーリーンってどんな子?」
アリアちゃんの話の中には時々、継母のイーリースと、その連れ子であるシャーリーンの名前が出てきた。
せっかく、こちらの調査と同等の内容を開示してもらうところまで漕ぎ着けたのだ。何を話しても不審には思われなくなったところで、さらに詳しい経緯を聞いておきたいという心算もある。
でも、
(失敗したかなぁ……)
シャーリーンという名前を出した瞬間、アリアちゃんの顔が曇った。
訊ねられたくはなかった──というよりは、瞬間的に表情が消えた。
「シャーリーンは、継母イーリースの連れ子で、わたしより一つ年下の女の子よ。ピンクブロンドの髪にアイスブルーの瞳で、美人というより可愛い系ね。わたしと違って、とても貴族らしい子よ。義理の妹ということになるけれど、親しくはなかったから、話せることは特にないわ」
案の定、通り一遍の答えしか返ってこない。
だけれども、貴族の家に腹違いの兄弟や姉妹がいて、何も起きないわけがない。
(それは、俺が実体験として言えることだ)
本人にその気がなくとも、周囲の人間が黙ってはいない。勝手に派閥を作って対立し、俺たち兄弟を巻き込み、煽り立てる。
大人にとって主家の子供たちなど、権力争いの駒でしかないのだ。
仲良く姉妹として過ごしていたのなら、アリアちゃんだけがメイドとして働かされていたはずがない。
アリアちゃんの口から、他の姉妹の名前は出なかった。おそらく、異母妹であるシャーリーンが唯一の妹になるのだろう。
その異母妹であるシャーリーンのことを、アリアちゃんは語りたがらない。──いや、当たり障りのないことしか語らない、というべきか。
どんなに平民寄りの生活をしていても、根は貴族なのだ。本音を語らない術を心得ている。
(義妹のことを話せない、あるいは話したくない理由が、何かあるのか……?)
「妹さんは、普通の女の子なんだね」
「おい、リオン!」
クロスが咎めるように声を上げたが、あえて無視した。俺も酷いことを聞いている自覚はあるが、ここは無神経な振りをするしかない。
「……そうね。おそらく、レナードお父様の血は引いていないわ。セレーナお祖母様の血は、一滴も入っていないはず。わたしと違って、亜人種の特徴は一切ないわ。見た目も魔力も、人間そのものよ。だから、お父様はシャーリーンのほうが可愛かったみたい」
アリアちゃんは、シャーリーンはレナードの不義の子ではないと言い切った。
「お父様、その辺だけはちゃんとしていたようね。フィレーナお母様を裏切ってはいないと思うわ。イーリースお継母様は、正真正銘の後妻で継母よ」
アリアちゃんは、シャーリーンの容姿や続柄など、客観的な事実は答えてくれる。
が、シャーリーン本人の性格や、アリアちゃん自身の主観的な意見は聞けなかった。
「本当に知らないのよ。あの子の好きな食べ物も、好きな花も、好きな色も──ね。わたしも、あの子に興味なかったし。だから、ごめんなさい。紹介してあげることはできないわ」
勘当されたも同然の身だから、自分はもうあの家の門を潜ることはできないのだ、とアリアちゃんは言った。
「えぇっ、そんなつもりで聞いたわけじゃないよ」
なんだか、いらない誤解を招いてしまった。
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