117.三倍返し
水虫っぽい表現がありますので、嫌いな方は読み飛ばしてください。ストーリーには直接影響のない与太話です。
「イタズラに使う呪いなら、とっておきの話があるぞ」
クロスの話し口に、レッドが馬から身を乗り出すようにして食いついている。
「イタズラ用の魔法なんてあるのか?」
「使いようによっては大惨事を引き起こすが、な。──もう時効だろうから教えてやるが、オレが学生のころ、」
アレスニーア魔法学園での出来事だろうか。
「一人の馬鹿な魔法使いが、ある“呪い”を使った」
魔法実習の競い合いでクロスに負けた、どこぞのご令息がキレてやらかしたそうだ。
「もちろんオレは、犯人を特定して丁寧に“呪い”をお返ししたさ」
基本的な“呪い”と“呪い返し”の構図である。
クロスは、魔法に疎いレッドにもわかりやすいよう、剣技スキルに例えて話していた。
「じゃあ、クロスはその“呪い”を跳ね返したんだな」
と、レッド。妙にワクワクした様子で聞いているので、たぶん決闘か何かの武勇伝と勘違いしている。
呪い──一種の呪詛と、属性魔法による攻防戦は別のものだ。この話はおそらく、レッドの期待するようなオチではない。
呪いなんて、それがイタズラ程度のものであっても、所詮は陰湿なものだ。というより、陰湿な魔法に“呪い”や“呪詛”という名前が付く。
「ああ。パリイならそのまま跳ね返すだけだが、魔法の場合は、打ち返す際に術式を書き換えることで威力を調整できる。──オレは諸々を三倍にして返してやった」
えぐい。
しかも、さらっと“三倍返し”と言った。
「その結果、何が起きたか想像できるか?」
「どんな呪いだったんだ? 自爆したりするのかっ!?」
「そういう種類の呪いもあるが、それは最早イタズラの範疇には収まらないからな。もっと簡単な、罰ゲームのネタに使われる程度のくだらない魔法だ。アリアなら知っているんじゃあないか?」
突然、こちらに話題が飛んできた。
「し……知らないわよ」
わたしが受けた嫌がらせの数々は、全て魔法を介さないものばかりだった。
相手が本気の魔法使いだったら、今まで無事でいられたかどうかわからない。
魔法を使って、イタズラやゲームを楽しむような環境ではなかった。
「薬の納品依頼で、強力な痒み止めや化膿止めを作ったことはないか?」
「それは……何度かあるけど……」
「何に使われるか知っているか?」
何と言われても……痒み止めは痒み止めだし、化膿止めは化膿止めのために使うに決まっている。
道具屋や雑貨屋に卸されていて、主に冒険者ではない一般市民の購入が多いと聞く。
冒険者の間では、治癒魔法や回復薬が使えないときの補助や代用として、活用されているはずだ。
「あの手の薬は、足にカビが生える呪いの治療薬になる。一度感染すると、解呪したところで完全には治らないから、しばらくは痒み止めの世話になる生活が続く」
「足が痒くなる呪い、ってこと?」
聞いたこともない。
「元々は、市井の劣悪な環境で発症した皮膚病の一種だ。長期間、湿気の多いダンジョンに潜り続けたり、沼地での活動を中心にしている冒険者に多く発症する。──それを、恣意的に発症させる呪いがあってだな」
向かいでレッドが、すごく嫌そうに顔をしかめている。
「うえっ、それたぶん寮の先輩が感染したやつだ……。最初は足の指が痒くなって、たいしたことないと思っていたら、あっという間に皮が剥けてじゅくじゅくになったって」
「それだな」
「何人か感染った奴がいたみたいだけど、不思議なことに、かかるのは人間の足をしている奴だけなんだってさ」
「それは初耳だな」
「足先が獣毛に覆われていて、肉球や蹄《ひづめ》があるような半獣タイプの連中は平気だったらしいぜ」
「面白い。参考にさせてもらおう」
「レッドは大丈夫だったの?」
「オレがダンジョンに潜っていた(潜らされていた)間の話だから」
何週間もダンジョン探索に連れ回されて、這々の体で寮まで帰って来たら、性質の悪い感染症にかかったと言って、先輩奴隷の半分以上が隔離されていたらしい。
「隔離されて治療されて、それでも治らなかった奴は、砂漠の人足寄場に送られたって噂だ。で、それっきり帰って来ないとか……」
奴隷商会の寮では、恐怖話の一つとして語り継がれているらしい。
「乾燥した地方に送るのは、荒療治の一つかもしれないな。閉鎖的な場所での集団生活だと、特に感染が広がりやすい──が、レッドの寮では半獣以外の全員が感染したわけではないだろう?」
「半分くらいだろうな。砂漠送りになったって噂されてるのも、その中の数人だけだ」
それでも、爪が変形するところまで酷くなったら砂漠送りだとか、足以外に発症したら砂漠送りだとか、再発した者は病持ちとして評定を下げられるとか、妙に具体的に語られているせいで、寮暮らしの奴隷なら皆が信じて怖がっているという。
「普通はそういうものだ。感染力が強くて広がりやすいが、集団生活をしている場所の全員が全員、罹患するわけではない」
カゼや流行病と同じで、感染する者としない者がいるのが普通なのだとクロスは言う。
「だが、最初に呪いを送ってきた馬鹿の寮では、全員が一人残らず感染した」
「「全員!?」」
わたしとレッドがハモった。
「ああ。流石に集団感染は、学園全体の問題になるから調査が入った」
痒みで授業に集中できない者が続出し、とうとう学園側が動いたらしい。貴族の中には、休学して実家に帰る者も出たそうだ。
それって、三倍返しにしたクロスのせいでは……とは言えなかった。
「呪いが返された結果だと、気付いたときにはもう遅い。最初の奴も、自分が始めた呪い合戦だとは、もう言い出せない。言えばお前のせいだと批難されるし、負けて呪いを返された屈辱を公にされる羽目になる」
「クロスが呪いを三倍返しにしたことは、誰にもバレなかったの?」
「そんなヘマはしない。そもそも解呪してもカビは消えないから、調査が入った段階では、しつこい皮膚病が蔓延したという結果しか残らない。さらには、金に飽かせて悪所通いをしていた貴族学生が何人かいて、そいつらに疑いがかかった」
──と、クロスは得意そうな顔をして一連の出来事を語ったのだった。
(これ、いったいどう反応すればいいのよ!? “三倍返しスゴーい!”とか言って手放しで賞賛すればいいわけ!? それとも、上手くやったねとでも言えばいいわけ??)
本心としては、呪い返しで寮一つを全滅させるだなんて──それも、足にカビが生えるというわけのわからない呪いで──やり過ぎではないかとドン引きしたい。
(でも本人は自慢の武勇伝なのかもしれないし……)
レッドはレッドで、嬉しそうに“オレ、奴隷商会の寮を出られて助かった〜”とホッコリしているので、参考にならない。
「あのころはまだ、手足だけ獣化させるとか上手くできなかったから、アリアに拾ってもらえなきゃ、今ごろオレも砂漠送りだったかもしれねーし!」
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