116.割り切ること
つまり、わたしが納品していた毒薬は、貴族社会で殴り合いの喧嘩の代わりに使われていたらしい。
確かに、金額と依頼された毒の種類からして、依頼人は貴族か豪商辺りだったのだろう。
正直、納品依頼を果たした後のことまで深く考えたことはない。
「平民の間では、直接ぶん殴ったほうが話が早いからね。財産争いの場合でも、毒を仕込むよりは夜道で襲ったほうが確実だ」
社交界に出て、謂れのないことで見えない悪意を向けられるくらいなら、冒険者として殴り合ったほうがずっとマシだ、とリオンは顔に似合わず脳筋なことを言う。
「まったくだ」
横から、クロスが強い同意を示した。
「自分の女がちょっと余所見をしたからって、いちいち程度の低い呪いを送って寄こすなというんだ」
魔法使いの業界では、毒を盛るのではなく、呪いを送り合うのが主流らしい。
確かに、リオンやクロスや彼らの親しい人たちに対して、わたしの毒が使われたのだとしたら、申し訳ないとは思う。
けれど、毒薬を必要とする者は、わたしが納品依頼を受けなかったとしても、別の場所で、他の者から手に入れるはずだ。
その辺りは、考えても仕方がないこととして割り切っている。
毒薬を売っても、魔法薬を売っても、報酬で買える一つのパンは、一つのパン以上の価値はない。出処が何処であっても、どうやって稼いだお金であっても、金貨一枚には金貨一枚の価値しかない。
毒薬の納品依頼を受けたことを後悔するならば、剣や弓などの武器を作り出す職人は、全員廃業しなければならないだろう。その武器が魔物を倒し人を守るために使われるのだとしても、戦で人を殺すために使われるのだとしても、存在自体が悪となってしまう。
“お前のような人間がいるから、毒殺が横行するようになる”
毒薬使いは、時にそう言って罵られる職種だ。
身体を張って戦う戦士たちからすれば、暗殺者よりも下等な職種に思えるのだろう。
治癒魔法しか使えない魔法使いと同じで、後方の安全な場所から魔法を打つしか能が無い職種は、前衛で直接敵と斬り結ぶ戦士たちからは下に見られる。
パーティー戦には必要不可欠だから、回復役の需要がなくなることはないけれど、お荷物だと思われている節があるのもまた事実だ。
毒薬使いのジョブがなければ、世に出回る毒薬の総数は減るかもしれない。けれど、魔物や未知の植物の毒を研究し、解毒薬を作る者もいなくなる。
わたしはまた、依頼があれば毒薬を作って納品するだろう。
同じように、解毒薬の依頼があれば納品するだろう。
そこに貴賤はない。食べていくために、自分にできる仕事をするだけだ。
ここで殊勝にもリオンたちに謝れば、それは偽善であり、自分自身への背信となる。
「そう……なのね……」
わたしが黙り込んだ合間に、クロスとレッドは呪いの話で盛り上がっていた。
レッドは、盗賊としては一人前かもしれないけれど、その分、魔法には疎い。
残念ながら、ダンジョンに潜るような依頼を受けたことはないから、鍵開けの技術がどの程度か、ミミックを見分けられるという話が本当なのか、専門的なことはわからないけれど、手先の器用さや罠の知識に関しては信頼している。
アトリエに設置された罠は、コソ泥を全員撃退したし、野山では的確に日々の糧を捕獲する。
でもこの前、自分が下手な呪いを行使してしまって以来、色々な種類の“呪い”に興味を持ったらしくて、呪いと罠を組み合わせる技術について相談されることが多くなった。
いいことなのか、悪いことなのか、わからない。
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