115.よくある話
「皮肉なものよね。イーリースお継母様のおかげで、実母を殺した毒を調合できるまでに成長したわ」
惜しむらくは、時が経ちすぎていたということだ。お母様の死因が毒殺だったのだと気づいたときには、イーリースを毒殺で訴えるための証拠が、何も残っていなかった。
あるのは、わたしの主観的な証言だけだ。
しかも、亡くなったお母様の実の娘であるわたしが、継母を訴えたところで、聞く耳を持ってもらえるとは思えない。
「証人の一人でもいないのかい? 毒を盛る手伝いをやらされたメイドとか」
「いるかもしれないけれど、今さら探せないし、探し出せたとしても証言してくれるはずがないわ」
イーリースお継母様に買収されているに決まっている。
むしろ、こちらが言いがかりをつけていると非難され、冤罪で処刑されるのがオチだろう。
だってイーリースお継母様は、わたしを殺して口封じしたいのだから。
(あれ?)
普通に受け答えしてから、否定も非難もされていないことに気がついた。
わたしは、逆に戸惑って皆の顔を見回した。
「どうした?」
わたしの動きに疑問を感じたらしいクロスが、問いかけてきた。
「今さら、わたしがこんなことを言うのも変だとは思うのだけれど……」
「うん?」
レッドは、わたしの身の上話を黙って聞いていた。──従者は主人の言葉を無闇に遮ったりしないものだから、これは普通のこと。
リオンの相槌は、わたしの話を信じていなければ出てこない言葉だった。
クロスは、わたしが亡くなったお母様の話をするのは辛いのではないかと配慮してくれた割に、毒殺の件には平然としている。
「どうして否定しないの? どうして、お母様が毒殺されたなんて荒唐無稽な話を信じられるの?」
リオンが馬上で首をかしげた。
「荒唐無稽……?」
わたしが横座りでクロスの前に乗せてもらっているものだから、隣を並んで歩く馬上のクロスとレッドは、わたしにとっては正面になる。表情や仕草なんかもよく見えた。
リオンは困った様子だった。
ちなみにレッドは眠そうだった。
リオンの馬に相乗りさせてもらっている状態で、わたしと違って後ろ乗っているものだから、ちょうど背中にお日様が当たって、日向ぼっこのようになっている。
「アリアは貴族社会より、平民の暮らし向きに詳しいんだな」
横からクロスが言った。
「わたしは、自分自身のことを貴族令嬢だと思ったことはないわ」
裕福な平民のように暮らしたこともなければ、本物の貴族のように生きたこともない。
そうかと言って、貧乏貴族とも違う。
どちらかと言えば、貧しい平民かその日暮らしの冒険者に近い。
困り顔だったリオンは、クロスの言葉で合点がいったようだった。
「ああ、そうか──。毒殺なんて、貴族社会ではよくある話だからね。頭から疑ったり否定してかかる理由はないんだよ」
「!?」
今度はこちらが驚く番だった。
「え……だって、普通はもっとこう、“そんな恐ろしいこと、あるはずかがない”とか“いくら継母だからって、悪く言いすぎだ”とか、否定から入るものだと思っていたのだけれど……」
わたしは何かおかしなことを言ったのだろうか?
急に、自分の常識に自信が持てなくなった。
「それは平民の常識だな」
クロスが言うと、リオンもうんうんと頷いていた。
「平民なら、酒場で殴り合いの喧嘩なんて、よくあるだろう? お互い酒が入っているから、翌朝には喧嘩の理由もよく覚えてなかったりするけどな。──でも、貴族社会ではそうはいかない。気に入らない奴がいるからって、夜会で殴り合うわけにもいかないだろう?」
「決闘という方法もあるが、あれは最終手段だ。金と手間が掛かる上に、負けたら大恥をかくことになる。好んでやりたがる奴は少ない」
「だから、素知らぬ顔をして相手のグラスに毒を盛るのさ。実は俺もクロスも、アリアちゃんほどじゃないけど毒耐性は持っているんだ。相続権なんかないも同然の三男なのに、邪険にされることもあるんだよね」
リオンは、自分も相続争いの揉め事で殺されかけたことがあるから──と平然と言った。
(そんな、食あたりみたいに言われても……)
「毒薬は高く売れただろう?」
クロスが言った。
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