114.毒の味
「ちょっと待って、アリアちゃん。メイドやってたって、それいつごろの話? シャーリーンって……?」
リオンから“待った”がかかった。
「あ、ごめんなさい。その件を飛ばしたわね。わたしが実家──王都のヴェルメイリオ邸で、メイドとして苛責られていたのは七、八歳のころの話よ。四歳のときに大病をして、五歳の鑑定の儀で無能判定されて、六歳のときにお母様が……」
「もういい、アリア。辛いならそれ以上言わなくてもいい。──リオン、お前らしくないぞ」
クロスがそう言って、お母様の死の辺りを詳細に聞き出そうとしたリオンを止めた。
「ごめん……ちょっと驚いて」
「オレじゃなくてアリアに謝れ」
「アリアちゃん、無神経でごめんね」
「いいのよ。お母様の話は、馬車襲撃事件を語る上では外せないもの」
わたしは改めて語り始める。
「六歳のときに、お母様が──実の母であるフィレーナお母様が、あの女に殺されたの」
「!」
離れていても、リオンが息を呑んだのがわかった。
「今、ヴェルメイリオ伯爵夫人を名乗っているイーリースという女は、父の後妻よ。どこかの男爵家の未亡人らしいけれど、フィレーナお母様が病で寝込んでいた時分から、我が物顔で屋敷に出入りしていたわ」
当時は理解できなかったけれど、フィレーナお母様が寝込むようになったのは、あの女が出入りするようになってからだ。新入りのメイドが増え始めたのも、そのころだった。
そして、フィレーナお母様が亡くなって間もなく、少しずつわたしの食事に毒が盛られるようになった。
生みの母親が亡くなって、心身ともに衰弱した子供が、自然死に至ったとしても不思議ではない。
看病に当たった継母には心を開かず、手を尽くしたけれど死に至った。
イーリースお継母様が想定していたのは、そんなシナリオだったのだろう。
弱らせてから殺すために、即死しない程度の少量から始め、徐々に毒の量を増やしていったのだ。
“血の繋がらない先妻の娘を、手ずから看病した思いやり溢れる継母”
“心を開かず、治療を受け入れなかった意固地な娘”
わたしが死んだ暁には、世間ではそのような評価を下されると見込んでの計画だったのだろう。
けれど残念なことに、わたしは死ななかった。
イーリースお継母様がわたしを殺し終えるより、わたしが毒耐性を獲得するほうが早かったからだ。
わたしが大病を患って死にかけたとき、お祖母様が辺境から駆け付けて、何かの魔法を使ってくださったらしい。
わたしは意識がなかったから、お祖母様の顔さえ知らないけれど、フィレーナお母様が、お祖母様はすごい魔法使いで、地位のあるエルフなのだと教えてくれた。
だから、エルフにしか伝えられていない、特別な魔法で治してくださったのよ、と。
以来、わたしの右目はお祖母様と同じ紅玉色に変わり、虹彩異色となった。
結果的に、病からは生還したけれどハーフエルフ同然になってしまい、お父様からは醜い亜人種として毛嫌いされた。
でもわたしは、セレーナお祖母様も、お祖母様にいただいた恩寵も魔力も、紅玉色の瞳も憎んではいない。
お祖母様が与えてくださった恩寵のおかげで、何度も命拾いをさせてもらったし、恩寵によって新しく生まれたスキルは、属性魔法の代わりに常にわたしを助けてくれた。
ハーフエルフは人間とエルフの間に生まれた子供を指す言葉だけれど、わたしの中に流れているエルフの血は、四分の一に過ぎない。
本来ならば尖った耳やオッドアイ、平均より多い魔力や魔法職への適性など、ハーフエルフの特徴が表れるはずもないのだけれど、それだけお祖母様に与えられた恩寵の力が強かったのかもしれない。
だから、セレーナお祖母様との血のつながりを感じられるハーフエルフの容姿も、悪くはないと思う。
イーリースお継母様は、わたしがお祖母様から与えられた恩寵の真の力を見誤ったのだ。
お祖母様が与えてくださった恩寵は、わたしの体を完全な状態に維持する──加護の力のようだった。
(わたしも毒を盛られてから気づいたから、偉そうなことは言えないのだけれど……)
どんな種類の毒からも、病気からも怪我からも、ほぼ完全に回復を果たす。もの凄く強い自己治癒力の類だった。
(さすがに、欠損した指まで再生したときには驚愕したわ)
少量の毒から試し始めたお継母様は、順調にわたしの毒耐性をレベルアップさせてくれた。
(最終的に紫大毒蜘蛛の毒を手に入れてきたときには、驚きを通り越して呆れたけれど)
そして、その蜘蛛毒への耐性さえ獲得してしまったわたしは、いったい何者なのだろう──お父様が言うように、本当に化け物なのではないか、と一頻り悩んだのは昔の話だ。
今では、しっかりと活用させてもらっている。
何しろ、思う存分に毒の調合が出来るようになったのだ。
調合中の毒に侵される心配はまずなく、毒薬を使っても、毒魔法を使っても、自分がダメージを被ることはない。
多くの毒は、はぼ無効化される。
魔法使いとしては、属性魔法が使えない出来損ないだったけれど、その分、無属性魔法の中でも毒を使った魔法を伸ばして特化させる決心がついた。
継母のおかげだ。
(そう……おかげで、今なら実家で盛られた毒の味が、フィレーナお母様に衰弱をもたらした毒の味と同じだとわかる)
数種類の毒草を調合して作られた、一般的な毒薬の一つだ。
蜘蛛毒よりはずっと弱く、即死はしないけれど、摂取し続ければやがて衰弱して死に至る。昔から、病による自然死に見せかけたいときに使われた種類の毒で、通称“星明かりの粉薬”と呼ばれている。
星明かりの粉薬──綺麗な名前だけれど、事実上、命の輝きが星明かり程度にまで弱々しくなってしまうという例えだ。
星の瞬きなど、強い光の下では一瞬で消えてしまう儚いものだ。あと一押し、きっかけを与えれば重症化させて殺すことができる。
毒薬使いが調合する毒の中では、中級に分類される。
即死させないための調合割合が難しく、粉末に加工する工程にも技量を必要とするからだ。
今では立派な毒薬使いとなったわたしにも作れるし、実際に依頼を受けて納品したこともある。
毒薬という稀少なアイテムは、レベルの高い製品ならばとても高く買い取ってもらえた。
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