106.ギルドの変名制度と大樹の記憶
「おそらく依頼主に指示を仰いでいるか、残った仲間をかき集めていた、と考えるのが妥当だろうな」
「ごめんね、アリアちゃん、レッド。責めているわけじゃないんだ。どちらかと言うと、力になりたい」
リオンに謝られると、逆にこちらが悪いことをしている気分になる。
(実際、隠し事をしているわけだけれど)
真実を言わない、という選択肢は完全にわたしの中から消えてしまった。
(かなわないなあ……)
「リオン、もっとはっきり言ってやれ」
一方で、クロスはさらにリオンを焚き付けた後、こちらを追い詰めるようなことを挙げ始めた。
「いいかお前ら、普通、沼蜥蜴は水辺に棲息する魔物だ。それが森の中の、しかも街道沿いに出現している時点で十分におかしいんだ。人為的に召喚されたとしか考えられない。
問題は、たかが盗賊に召喚魔法を使える術者がいるとは思えないことだが、単独犯ではなく依頼主や別働隊がいたと考えれば納得がいく」
「俺たちも、出自のことはできるだけ触れられたくなかったから、このまま知らない振りをしていられたらよかったんだけど──残念ながら、点と点がつながってしまったんだよ」
そうしたら、もう見て見ぬ振りはできなかった、とリオンは申しわけなさそうに言った。
馬車の襲撃、召喚された沼蜥蜴、生き残った女の子、村に現れた残党。
一つ一つはたいした意味のない出来事だけれど、繋げれば見えてくるものがあるという。
依頼主がいるなら、たいした稼ぎにならなくても盗賊は馬車を襲うだろう。
依頼主がいるなら、魔法使いを別に雇っていたとしても不思議はない。
そして依頼主は、標的のことを知っている。
対象が、ただの小娘と獣人奴隷であるならば、召喚魔法を使って小細工をする必要ない。馬車の護衛を蹴散らして、無力な乗客を虐殺するだけの簡単なお仕事だ。
けれど、わざわざ馬車から護衛の冒険者を引き離す策を弄したということは、依頼主はわたしが“秘匿すべき化け物”と呼ばれていたことも、レッドがそこそこ戦える冒険者であることも知っている。
(現場の惨状から、逃げたわたしたちを追う前に、依頼主に指示を仰いだ。もしくは依頼料を吊り上げるべく交渉していた……のだとして、)
残党か新手かわからないけれど、追撃があるということは、イーリースお継母様が追加でいくらか支払ったということだろう。
「アリアちゃんが貴族出身のお嬢さんだということは、わりと早い段階で気付いていたよ。それは言ったよね? だからこそ、他人事とは思えなくてさ」
そういえば、リオンはどこかの貴族の三男坊だと言っていたっけ。
「もし、もめ事に巻き込まれているのなら、力になりたい。──いや、なるよ。だから、真実を話してくれないか」
話すつもりはある。
話すつもりはあるのだけれど……いったい、どこからどこまでを話したらいいのだろう?
レッドにさえ、全てを話したことはない。
上手く話せるだろうか?
一瞬、口ごもっていると、リオンが一つの名前を出してきた。
「アリアちゃんは“アイスバーグ家の悲劇”を知っているかい?」
わたしは首を横に振った。
「ごめんなさい。貴族社会のことは、あまり詳しくなくて……」
「何代か前の公爵家当主が起こした一大謀反の顛末だ」
クロスが投げやりな調子で口を出し、リオンが胸元から冒険者カードを取り出した。
「アリアちゃんだけに家名を名乗らせるのは、フェアじゃないからね」
こちらに向けて差し出されたプレートを、リオンが操作すると、名前の欄の表記が一変した。
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