105.猫、嘘を吐く
ああ、とうとう、この時が来てしまった。
今まで、どうにか家名も事情も隠して来たけれど、さすがにもう隠しきれない。
この親切な人たちを巻き込んでしまったからには、説明しないわけにはいかないだろう。
リオンは村の中で怪しい者たちを見て、馬車の襲撃事件と、その生き残りであるわたしを結び付けた。
他にそれらしい要因がないのだから、当然といえば当然の帰結だけれど、リオンはその上でわたしたちの安全を第一に考え、迅速に逃げるという選択をしてくれた。
これ以上、のらりくらりと誤魔化し続けるのでは、あまりにも義理を欠くことになる。
「あんな田舎の村に、どう見ても堅気じゃない連中がうろうろしている。村への襲撃を企む盗賊団の下見とも、立ち寄っただけとも思えない」
「悪いがあの村に金目の物があるとは思えない。それに、作物の取り引きで大金が動く時期でもない」
リオンの言葉に、クロスが至極もっともな突っ込みを入れる。
「考えられるのは、直近の馬車襲撃事件に関係しているんじゃないか……ってことだけど、なぜ今になって村に現れた?
そもそも馬車強盗は実入りが悪い。護衛がいることがわかりきっている駅馬車を襲うこと自体、不自然だ」
普通は、どうせ護衛に阻まれる危険性があるなら、儲けの大きい馬車を狙うものだ。金品を取り扱っている商隊や、輸送中の作物が狙われることが多いらしい。
「基本的に、駅馬車で移動するのは貧乏人だからな。よほど食い詰めていなけりゃ、駅馬車や乗り合い馬車を狙うことはない」
現場を見た自警団員の話では、盗賊は武器も防具もそれなりの物を揃えていて、食い詰めた者特有の見窄らしい様子や、痩せこけた様子はなかったという。
「そうなると例外は一つ、馬車の乗客である平民の中に目当ての人物がいる場合──かな」
リオンの声音は穏やかだけれど、言っていることは理路整然としていて、反論も言い訳もする気にはなれなかった。
口撃されれば、身を守るために嘘も吐けば、言い返しもしただろう。
けれどリオンはそういう一方的な決めつけや、高圧的な言い方をしない。
だから反論する機会もなければ、むしろ話しても構わないとさえ思ってしまう。
優しく諭されているのに話さないのでは、こちらが意地を張っている悪者のようではないか。
たぶん、こういう人が一番怖い。
穏やかに、けれど命じることに慣れた人間の風格がある。
(もっと罵倒されたのなら、嘘を吐き続けても罪悪感を抱かなくて済んだのだけれど……)
“ヤバい連中に狙われているなら先に言え” “面倒事に巻き込むな!”もしくは“護衛として利用するつもりだったのか”くらいのことは、頭ごなしに怒鳴られても仕方のない状況だった。
いくらお人好しでも、“馬車強盗から逃げ延びた女の子”と“盗賊に命を狙われている女の子”では、対応が違って当たり前だ。
家出や勘当程度では済まない、命がかかった“ワケあり”ならば、最初から関わり合いにはならなかった──誰でもそう思って当然なのだ。
(けれど、この二人はまず事情を聞いてくれた)
それも、問い詰めたり責めたりするのではなく、自然な口調で。
「……わたし、は」
家名を名乗ろう。下働きの奉公に出された平民の身分ではないことは、とっくに見破られているのだ。
そう、決意して口を開きかけたときだった。
レッドが、わたしの前に立ち塞がった。
前髪からはまだ少し水が滴っている。どうやら、本気で水桶に頭を突っ込んでいたらしい。
「オレだよ。奴らが探しているのは」
「レッド……」
何を言い出すのかと袖を引くも、アリアは黙っていろとでも言うように、後ろ手で制された。
「オレが奴らの仲間を殺したから、頭にきて探してるんだ。こんな獣人の小僧一匹に何人も殺られたんじゃ、メンツが立たねえからな。──恨みを買ってるのはオレだよ」
「戦えと命じたのはわたしよ。レッドの責任ではないわ」
「だからだよ。オレが守っていた主人だからこそ、アリアも間接的に狙われている」
「レッド、従者として主人を庇うのは立派なことだよ。──でも、それは真実とは違うよね?」
リオンが言った。
「嘘じゃねえよ!」
すかさずレッドが反論する。
「うん。確かに君の言う通り、嘘ではないのかもしれない。──だとしても、それは事実の一端であって真実ではないはずだ」
言葉遊びのようなやり取りに、レッドが混乱し始めた。
わたしはレッドの肩を叩いて言った。
「レッド、ありがとう。もういいよ。庇ってくれなくても、大丈夫だから」
レッドは、わたしが前々から素性を隠したがっているのを知ってるから、わたしが狙われている事実を隠そうとしてくれる。
なぜなら、盗賊に命を狙われているなどと知られれば、理由を訊かれるに決まっているから。
理由を尋ねられれば、素性を明かさなければならないから。
素性を明かせば、イーリースお継母様の手の者に見つかる確率が高くなる。
でも、レッドの主張も間違っているというわけではない。
あれだけ派手に殺り合って、最終的にわたしが猛毒で皆殺しにしたのだ。残党の恨みを買っていないとは言い切れない。
村に残党らしき一味を呼び寄せてしまった責任は、わたしにもある。
リオンが言っている“事実の一端”とは、そういうことだった。
「仮に、だ」
クロスが会話を引き継いだ。
「奴らが押しかけてきた原因が、レッドの奮戦だとしよう」
「だからさっきからそう言ってるだろ」
「奴らは一週間も何をしていた? たかが獣人のガキ一人だ。直ぐさま追って、袋叩きにすればいい」
「それは……」
「お前も盗賊ジョブ持ちだが、あっちも本職だ。多少の痛手を受けたところで、追跡できないはずがない」
「……奴らが何考えてるかなんて、オレが知るかよ」
レッドは、あまり嘘を吐くのが上手くはなかった。
ここまでお読みくださってありがとうございます。
よろしければ、下の方の☆☆☆☆☆☆を使った評価や、ブックマークをしていただけると幸いです。




