102. 先輩冒険者の直感 ③
「もしかして時空魔法は、学生時代にしみ抜きのために習得を……?」
「衣類のしみ抜きではなく、紙類のしみ抜き──主に書籍の修復のためだ。当時、教本や魔法書をよく駄目にされてな」
やっぱり。
二度目からは防御魔法の応用で攻防を繰り返し、傷んだ本は時空魔法で修復した。浄化魔法では直らないはずの破損もきれいに修復して見せて、時空魔法が使える事実でマウントを取りまくった。──と、クロスは語った。
最終的に、追跡魔法を駆使して犯人を特定し、衆人環視の下で吊るし上げにしたそうだ。
(つ……強い……)
「当時は随分とヤンチャをしたものだ。──おかげで、スープまみれになった魔法書も無事に救出できたわけだが」
あ……そのネタまだ引っ張るのね。
とりあえず、クロスの本を汚したり傷つけたりしたら、とても怒られるだろうということだけは覚えておこう。
(レッドにもよく言っておかなきゃ)
これから魔法を教えてもらうにあたって、教本を借りることもあるかもしれない。その場合、何があっても借りた本だけは死守しないといけない。
「魔石ビーズの真偽がはっきりするまで、このドレスはオレが預かっておく」
「え、なんで……?」
「危険だからだ。アリアもこの先、魔石ビーズを生成した話は誰にも話すな」
……いったい、どういうこと?
「リオンにも言ったら駄目なの?」
パーティーの仲間内で隠し事を増やすのは、あまり得策ではないと思う。
「リオンはいいが、レッドには外で余計なことを喋らないよう、よく言い聞かせておけ」
「うん……」
よかった。リオンに対しては、紅茶の茶葉を黙って使ったことや鑑定石のことで、すでに秘密を作ってしまっている。これ以上の隠し事は避けたかった。
(鑑定石のことはバレてしまったけれど……)
レッドには日頃から、魔石を生成しているのがわたしだとバレないように徹底させているから大丈夫だと思う。たぶん、ビーズについても同じように対処してくれるはず。
ドレスの修繕を手伝ってくれたお姉さんたちには、内職としか伝えていないからビーズの出所は知られていない。
(……危険、って何が危険なの?)
「パーティーで一緒になった級友か誰かに、魔石ビーズのことを話したか?」
そんなこと、するわけがない。
わたしは大きく横に首を振った。
「話していないなら、大丈夫だろう。見ただけで、あれが普通のガラスビーズではないと、わかる目利きはいないはずだ」
「あ……うん」
それは請け合える。
魔法には縁遠い人間の集団だから、魔石と道端の石ころの区別もつかない。大半が、自分が身につけているアクセサリーの石が、貴石かガラス玉かさえわからないお子様たちだ。
(あ、もしかして……)
ふと、嫌な予感がした。
「もしかして、わたし、罪に問われる? 魔石もどきを──ニセの魔石を生成したから」
魔石を生成して売ることは、違法ではない。
けれど、魔石の偽物を作って売ることは違法である。
(売るわけではないし、個人で装飾品として使うだけだから大丈夫だと思ったのだけれど……)
「作っても売らなければ詐欺には当たらない。──生成しただけで罪に問われるのならば、売買の基準を満たすまでに習作として生成したものが全て違法になるからな。
だが、故意に作った偽物を大量に所持していることは、余罪ありと疑われる可能性がある。言いがかりで逮捕され《しょっぴかれ》ても、言い訳は難しいだろう」
「大量に……」
ドレスには、百や二百ではない数のビーズが縫い付けてある。一面が虹色のビーズで埋め尽くされ、さながら輝く鱗のようである。紛《まが》うことなく、大量のビーズが使われている。
「そういうことなら明日、出立前に焼き捨てるわ」
「おい、大事なものなんだろう?」
「こだわることで危険を招くというのなら、処分を厭わない程度のものよ」
ビーズはまた作れる。
本当なら、アトリエから持ち出すことも叶わなかったはずの代物だ。
「……」
クロスが黙ってしまった。
それはそうだろう。さっきまで大事なものだと言っていた品を、手のひらを返したように焼き捨てるとまで言うのだから。
(身の安全がかかっているなら、レッドもわかってくれるはず……)
だったら、わたしは平気。
すい、とクロスの手が伸びて、わたしの頭に乗った。そのまま、犬猫でも撫でるように、わしゃわしゃと髪をかき混ぜられる。
「馬鹿が。オレは、お前と違って従者に頼らなくても荷物の整理くらいできる。魔法鞄の中身を全部散らかしたりしなければ、問題ない」
でも、それでは申し訳ない。事後共犯にするようなものだ。──などと言いかけたとき、レッドが顔を出して言った。
「なあクロス、リオンは? 今日の夕飯、何か作ったほうがいいんなら、オレ、準備するけど」
「リオンは挨拶回りに行っている。村を発つ前に、ギルドや近所の人に一応、な。夕飯は挨拶がてら、いつものところに食べに行くんじゃないか?」
「そっか、ならいいか」
レッドの猫耳が、何かを聞きつけたようにピクと動いた。
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