100.先輩冒険者の直感①
レッドが寝台の上に広げていた物を全て魔法鞄に詰め終えたころ、ノックがあった。
現れたのはクロスだった。
手には、今まで探していた例のドレスを持っている。
「なんでクロスがそれを持っているのよ、変態」
泥棒と罵らなかっただけ、わたしは偉いと思う。
「待て、変な誤解をするな」
「冗談よ」
クロスは、たじろぎつつも魔石ビーズを取り外した部位を示す。
「ここの、裾のところの小さい魔石を何粒かもらったぞ」
「胸元の装飾の、大きい石は持って行かなくていいの?」
「ああ。鳥に運ばせるから、小さいほうだけにしておく。オレも調べるが、半分は師匠に送って詳しく調べてもらう」
「ふーん……」
わたしは興味ない様子で適当な返事をしておいた。
だって、あれはわたしが適当に作ったオモチャの石だ。便宜上、魔石ビーズと呼んでいるけれど、魔石でもなければ、装飾品として価値のある本物のガラスビーズでもない。
錬金術の真似をして、魔石と魔石を練り合わせて、それっぽく光るように細工しただけのガラクタだ。
一番苦労したのは、ビーズのように小さく錬成することと、糸を通す穴を開けた状態で完成させることだった。
(それと、尋常でない数が必要だったこと……かな)
錬成するのも大変だったけれど、それをドレスに縫い付ける作業もまた大変だった。
でもわたしには、ドレスを仕立てるお金がなかったから仕方がない。ドレスがなければデビュタント・パーティーを兼ねた試験が受けられないから、自力で何とかするしかなかったのだ。
でも結局、一人では手に負えなくて、レッドや近所のお姉さんたちにお針子の内職と偽って手伝ってもらった。
パーティーで酷い染みを付けられてしまったから、もう着ることはないだろうと思っていた。
かといって、汚れているから売ることもできない。苦労して仕立て直したから、捨てる決心もつかない。わたしにとっては、負の遺産のような代物だった。
(それでもレッドが、このドレスはわたしにとって大切な物だと判断して持ち出してくれたのだから……)
絶対に捨てられなくなったし、もはや“負の遺産”ではなく、レッドとお姉さんたちの心の籠もった贈り物のような位置付けになった。
(二度と袖を通すことがなくても、)
たとえ魔法鞄の中がいっぱいになっても、最後まで手放すことはないだろう。
「言っておくけれど、これは見た目が似ているだけで、本物の魔石ではないわよ? 調べても、面白いことは何もないと思うけれど」
薄紫色のドレスを手にしたクロスは、全く聞く耳を持つ様子がない。
「ここと、ここ。――こっちは明らかにガラスビーズだが、こっちはアリアが作って後から付け直したものだろう? 比較のために両方もらったが、構わないよな」
「それは別に構わないけれど……」
そんな偽物の魔石擬きの物体を、いったい何の研究に使うというのだろう?
普通の魔石なら、狩りで得たものだと偽って売ることができる。
魔力量の多い亜人種は、実際に内職として確立させている。
(だからわたしも真似してやってみたら、意外と簡単に成功しちゃったのよね)
石の出所を怪しまれた場合は、わたしがハーフエルフであることを明かしてしまえば、問題にはされないだろう。
エルフは魔力量が多いことで知られているから、ハーフエルフならそういうこともある、で通るはずだ。
(でも、明かしたくないからレッドに換金を頼んでいるのよね)
レッドにも、出所がバレないように少しづつ、色々な場所で売るように指示してある。
魔石を生成して売っているハーフエルフがわたしだと実家にバレた場合、運が良ければ刺客が送り込まれてくる程度で済むけれど、最悪の場合は捕まって監禁され、魔石を生成させられるだけの一生になる。
イーリースお継母様にとっても、シャーリーンにとっても、わたしは金を生み出す装置にしか見えないだろう。
そうならないためにも、毒薬使い“アイリス”という別人の姿を用意しておいたのだ。
万が一、売りに行った魔石が人工的に生成されたものだと発覚しても、出所が直接わたしに結びつかないように、だ。
なぜか“アイリス”は相当な悪女として通っているらしいから(不本意だけれど)、毒薬の対価を魔石で受け取ったか、飼っている亜人種奴隷にでも生成させたと思われることだろう。
本当に不本意だけれど“アイリス”には毒薬の実験のために奴隷を買ったり、浮浪者を騙して利用しているという噂が付いて回っている。
(まあ、そのおかげで簡単に盗賊ギルドからレッドを譲ってもらえたから、いいけど)
紫大毒蜘蛛の毒を扱える者は、毒薬使いの中でも大変珍しいようで、納品してすぐに名前が知れ渡ってしまった。
毒薬使い自体はよくある地味な職種でも、蜘蛛毒を扱う毒薬使いは少ないらしい。
その中でも、大毒蜘蛛の毒を主成分とした毒薬を調合できる者となると、さらに少ない。紫大毒蜘蛛に至っては言わずもがな、である。
戦闘職の冒険者に例えるなら、Aランクの剣士や魔法使いくらいの割合でしか存在しないそうだ。
そもそも「毒薬使い」というジョブを持つ者は、目立つことを嫌う。自分たちが、表舞台に立って華々しく活躍できる存在ではないと理解しているからだ。
それなのに“アイリス”は名が売れているし、納品依頼にも応じる。
滅多にギルドに現れることはないが、稀少な毒薬を必要とする暗殺職の者たちにとっては、非常に都合の良い存在だった。
(おかげで儲けさせてもらったけれど……)
一般的な毒薬使いは、たとえ大毒蜘蛛の毒を調合できるスキルを持っていても、何かと理由をつけて依頼を断りたがるものなのだという。
蜘蛛毒の納品依頼は儲かるけれど、命の危険が大きい。
どんなに毒に対する防護装備を調えていても、調合過程で失敗すれば死ぬ。もしくは廃人になる。
調合技術も持っていても、可能な限り受けたくない依頼ナンバー1なのだ。
だから普通は、滅多なことでは依頼を受けない。蜘蛛毒を取り扱えることも伏せていることがほとんどなのだ。
(そういうことは先に教えておいて欲しかったわよね!)
世間知らずだったわたし=アイリスは、大毒蜘蛛の毒が調合できるようになってから、他のポーション類と一緒に依頼を受けて、平然と納品した。
その結果、名前を売りたがっている拝金主義者の毒薬使いだと誤解された。
分をわきまえて目立たないよう生きる他の毒薬使いと違って、金のためなら何でもやるタイプのあくどい毒薬使いだというレッテルを貼られたのだ。
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