生まれ変わったら、泣き虫だった婚約者が魔王になっていたので、奥さんにしてもらうために会いに行きます。
短編です。夏なので勢いが大事だと思いました。
「ミラ! ミラ! 死ぬな、ミラ!」
温かい腕に抱かれ、口からゴボリと血を吐き出す。
お腹に空いた穴はもう既に感覚がなくなっていた。
「ラ……ル…………」
「しゃべるな! 傷が……」
泣き虫ラルは相変わらず大粒の涙を流していた。
その涙を拭ってあげられないことが悲しい。
「……ね……ラ……ル……生ま………変わ……た……」
「死ぬ前みたいなこと言うな! 生きろ、ミラ!」
「ラ、ル……の……奥、さん……に……し…………」
「ミラ! 生きて、俺と……」
目を開けていられくなって瞼を閉じる。
ラルの声だけが、聞こえている。
「ミラ……ミラ、ミラ……いやだ……ミラァァァー!」
泣かないで、ラル……
絶対に、また……会えるから…………
「ラル!」
ガバリと起き上がって咄嗟に周りを見渡す。
そこはいつもの見慣れた自分の部屋だが、違和感が一つだけ。
「私、生まれ……変わった……の?」
前世の私が命を落としてしまった日と同じ、十四歳になった翌日の朝……私には前世の記憶が蘇った。
ミラベル・ソワイエ伯爵令嬢。それが前世の私。
今世での記憶もちゃんとある。今世ではただのミラベル。平民だから名字はないけど、名前も見た目も変わってないようで、なんだか安心した。
私が起き上がりに叫んだのは、前世の幼なじみで恋人で、婚約者だったライル・プルースト伯爵令息のことだ。
ライルとは親同士が仲が良く、小さい頃から一緒に遊んでいた。そのうちにお互いに好きあって恋人になり、婚約者になった。
彼のことをラル、と呼ぶのは当時でも私一人だった。
ライル、の発音が上手く出来なくてそう呼んでいたが、それが馴染んでそのままだった呼び名だ。
彼はとっても泣き虫で、嬉しくても悲しくても悔しくても泣いた。
「ミラ、ぎゅってして」
といつもお願いされ、手を握るがそうじゃないと言われ、最終的にはいつも私がラルを抱きしめていた。
「ミラ、あったかい。だいすき」
へへへ、と泣き笑いで言われてしまえば、ラルを好きな私は結局絆されてしまっていた。
ラルは、特別な力を持つ子供だった。
誰もが魔法を使えるこの世界で、その魔力量はとてつもなく多く、王家に見つかればすぐに保護という名の強制引取がされるぐらい。
領地が辺鄙な田舎で、王都との人的な繋がりも少なかったために、見つかることなく私達は伸び伸びと育つことができた。
しかし、その生活は十四歳、私の誕生日の翌日に全てが壊れてしまった。
ラルの力が、どこからか王家に伝わってしまったのだ。
大量の魔法騎士団がラルを取り囲んだ。それだけラルが危険視されているということだったのだろうが、当時の私には分からずに、ラルが無理矢理に連れて行かれているように見えた。
「ラルをどこに連れて行くの!?」
「彼はね、とっても危険な存在になりうるから、適切なところで適切な指導をされるんだよ。だから、お嬢さんは何も心配いらない」
胡散臭い作り笑顔で言われても、納得出来るはずもない。
嫌がりながらもただただ引きずられていくラルに、私は必死に手を伸ばす。
しかし私を追い払うために、騎士が私を後ろに押した。
大人の男性の力は私が思っていたよりも強く、そのまま地面へと倒れた私に、ラルが怒って周りの騎士へと攻撃を始めた。
対抗する騎士。
怒りのままに魔法を奮うラル。
何も出来ず、呆然と見ている私。
ラルが一瞬、石に足を取られて体勢を崩した隙に、後ろから魔法を放とうとする騎士が見えた。
私は咄嗟に走ってラルを押しどける。
次の瞬間、その魔法は矢の形となって、私の腹部へと突き刺さった。
「それで……私が死んじゃって……ラルは…………」
ラルはあれから百年経った今、この世界の魔王となってしまっていた。
ラルのことについて書かれた、有名な絵本がある。
『泣き虫な魔王』という題名の絵本だ。
――昔々、魔王が魔王になる前……魔王は普通の男の子でした。
名前はライル。
ライルには大好きな女の子がいて、その子の名前はミラベルといいました。
ライルはとっても強い男の子でしたが、とっても泣き虫でした。
ライルが泣くと、ミラベルがそばにいて、慰めてくれました。
しかしある日、ミラベルが怪我をして死んでしまい、ライルは悲しくて悲しくて泣き続けました。
誰も涙をふいてはくれません。
悲しみに包まれたライルは、いつしか魔王となってしまいました。
ライルはまたミラベルに会うため、遠い深い森の奥。
一人でずっと泣き続けながら、ミラベルを待っているのです――
きっとあの場にいた人か、その話を聞いた人が書いたのだろうけど……騎士団の横暴さについては一切触れられていない。
まるで私が一人で怪我して死んだような書き方だ。
冗談じゃない。
都合の良いように書かれたとしか思えない絵本は、クローゼットの奥の奥に押し込めた。
とにかく、ラルに会いに行こうと決めた。
きっとラルは私が死んだことで自分を責め続けているだろうし、何より約束を果たしてもらわないといけない。
そのために私はきっと生まれ変わったのだから。
「でも……どうやって会いに行ったらいいんだろう?」
頭を悩ませた私がまず初めにやったことは、師匠となる人を見つけることだ。その人に頼み込んで鍛えてもらおうと思った。
幸い、このミラベルは魔力量はそこそこで、これまでにも独学でいくつかの魔法が使えるようになっている。鍛えればきっとどうにかなるはずだ。
平民だから行けるところは限られるけど、とにかく聞き込みして回って、行き着いた先は一人のおばあさんの所だった。
「クウィニア・フルッチ様……ですよね?」
「あら、お嬢さんは不思議な魔力の持ち主だねぇ」
一言目で、この人だと決めた。
クウィニアお師匠様は、王立魔法学校で理事長を務めた程のお方で、引退後にご主人と二人で田舎へとご隠居されていた。
奇しくも、その田舎は前世の私の故郷だった。
そんなに頼み込まなくても、お師匠様は私の希望に答えてくださった。
三年間に渡りみっちりと修行を受け、お師匠様からも実力に太鼓判を押してもらえるようになった私は、単身、王城へと乗り込んだ。
そこでお師匠様の推薦状を渡し、魔王討伐部隊への入隊を決めた。討伐部隊はこの百年の間に何度もその任に赴いているが、どれも成功せずに帰ってきている。
魔王と相対する時もあれば、姿すら確認出来ない時もあるという。
しかし私には希望への第一歩でしかなかった。
これでやっとラルに会える。
三年も経ってしまったけれど、絶対に死ぬわけにはいかなかったので仕方がない。ありとあらゆる防御、反射、結界、治癒魔法と、魔物に襲われても困らない程度の攻撃魔法を身につけるためには必要な時間だったのだ。
待っててね、ラル!
半年をかけて、討伐部隊は魔王の住処と言われる森に踏み入った。
ここに来るまでにも、何度も魔物と闘った。
私は隊長から前線には出ないようにと言われていて、基本的には援護魔法や治癒魔法を使う立ち回りとなった。
部隊の皆には悪いが、私は生きてラルに会うことが最優先だったために、自分自身を守るために動いた。結界も自分へのものが一番固くなるよう張った。
だけど私が攻撃対象となることはなぜかなかった。
ふと夜になると、あの日のことを思い出す。
きっと私はまだあの騎士団を許せていないのだろうと、密かに思いながら朝を迎えた。
森に入ってから奥に進むに連れ、両肩にプレッシャーがかかるように、どんどん体が重くなっていった。
しかしそれも一定時間が来るとふわっと霧散していくような感覚がするのに気付く。これは何だろうと周りを見ても、部隊の面々は明らかに疲れた様子だった。
私だけ……? と思ったところで、いきなり黒い靄が目の前の空間から現れ、瞬きする間もなく私を取り囲んだ。
「ミラベル!」
隊長が私を呼ぶ。
体は靄にぐるぐる巻にされているが、全くもって無傷だ。むしろこの感覚は……
「私は大丈夫です! 皆さんもどうかご無事で!」
その言葉を残して、私はその靄に引っ張られるようにして暗闇に取り込まれた。
「うわわわっ!」
パッと視界が開けたかと思ったら、空中にいた。
そのまま真下に落下すれば、私を受け止める人が。
「ラル!」
「ミラ!」
言うが早いか、私達はひしっと抱きしめ合った。
ラルだ……本物のラルだ。
「ミラ……ミラ、会いたかった。ずっとずっと探してたんだ。やっと会えた」
ラルの足の上に横抱きにされる形で座り、その首に両腕を回して強く抱きつく。
「私も会いたかった……長いこと待たせちゃってごめんね」
私の言葉に、ラルが更に腕の力を強める。
「俺があの時……ミラを守れなかったから。ごめん、ミラ。痛くて辛かっただろう?」
「もう覚えてない。それよりもラルを一人で残していっちゃう方が悲しかった」
少しだけ体を離して、お互いの顔をじっくりと見つめる。
ラルは昔は女の子みたいに可愛い顔をしていたけど、今は美形という言葉が当てはまる顔つきになっている。
見た目の年齢は私より上……二十代後半から三十代前半くらいには見える。
記憶の中のどのラルよりもかっこいいが、どことなく悲壮感なるものが漂っているように感じる。
百年もの間、一人で私を待っていたのかな、と思うと私の目からは涙が勝手に流れていた。
「ラル……ラル、ごめんね。私、ラルを一人にして」
「謝らないで。守れなかったのは俺だ。ミラは何も悪くないよ」
言いながらその唇を私の目尻に押し当て、涙を拭ってくれる。
その大人な仕草にまた私の涙は止まらなくなった。
「だって……ラルが、一人で……大人に……なっちゃって……」
鼻を啜りながら、私は言葉を繋げる。
「ねぇ、ラル。ラルはもう……泣けなくなっちゃった? 私がいても、寂しいまま?」
彼の両頬に手を添えて、真っ直ぐに瞳を見つめる。
「お願い、ラル。また私は、ラルと一緒にいたいよ。だから私がいなくなってからの……悲しいこととか寂しいこととか、全部教えて。泣き虫ラルを慰めることは、私の役目だったでしょ?」
私の言葉を聞いた途端、ラルの両目からも涙が溢れていた。
「ミラ……ミラ……会いたかった。ずっと……ミラに、会いたくて……悲しくて……」
「うん」
「俺、が、弱くて……ミラが、冷たく……なって……全部が真っ暗に、なって……」
「うん」
「でも、俺、誰も手にかけては、ないよ。またミラに、会えたら……ミラが、悲しむって……思って……」
「うん。ありがとう、ラル。会いに来るのが遅くなってごめんね。私のこと、ずっと覚えててくれてありがとう。私のために、たくさん我慢して、たくさん待っていてくれて、ありがとう。私はね、ずっとラルのことが好きだよ」
「俺も……俺も、ミラのこと……大好き……ずっとずっと、好きだったよ」
今度は優しく抱き合う。体温を分け合うように。その孤独に、寄り添うように。
「俺が大人になったって言うけど……ミラも大人になってる。すごく綺麗でドキドキする」
「ふふ。ありがとう。ねぇ、ラル。私をラルの奥さんにして」
「奥さん……って……」
「だめ? あの日に約束したじゃない」
「だめじゃない! けど、俺……あの日、返事出来なくて……」
「え? 俺と、って言ってくれたわよ? だからもう約束したと思ってたのに……ラルは違うのね! 私を奥さんにしてくれないの!?」
「うわっ、暴れないで」
じたばたと怒る私をラルはひょいっと抱え直し、横抱きから向き合うような体勢にする。
「やり直し。あんなに泣きながらのプロポーズはかっこ悪い。それに俺からちゃんと言ってない」
「今だって泣いてるわ」
「これは嬉し泣きだからいい」
コツンと額を合せてラルは微笑んだ。
「ミラベル、俺の奥さんになってください。これからずっと俺と一緒にいて、俺の涙を拭ってください」
「はい! 喜んで!」
二人だけで誓いのキスを……となったところで、何やら騒がしい気配がする。
「あー……来ちゃったかぁ……」
「もしかして……討伐部隊?」
「うん。ミラに会えたのが嬉しくて、追い払うの忘れてた」
「ねぇ、魔物ってラルの言うことを聞くの?」
「うん。魔物は基本的に強いやつに従うようになってるから。意味もなく攻撃するようなことはするなと言ってある。ミラが生まれ変わってからは、ミラとその周辺には絶対に手を出すなって命令してた」
「ありがとう。私のこと、守ってくれてたんだね。じゃあこれから二人でいるために、こうしようか」
「出てこい魔王! って、なっ……ミラベル!?」
「お疲れ様です、討伐部隊の皆さん」
肩で息をする討伐部隊を前に、私はラルと二人で高座に立っている。もちろん、ラルと手を繋いで。
「ミラベル! 無事なのか!?」
「ええ、私は無事です。どこも怪我をしておりません」
私がそう言うと、隊長がほっと息をついた。そしてすぐ、私が彼らに言葉をかける。
「ところで皆さん……突然ですが、『泣き虫な魔王』の絵本はご存知ですよね?」
「絵本……? あ、ああ、もちろん、知って……」
私の問いに答えていた途中で、そこに辿り着いた隊長は口を開けたまま固まった。
他の隊員達もザワつき始める。
「あの絵本に出てくる魔王はここにいる魔王です。そして、もう一人出てくるミラベルという女の子……あの子のモデルは、百年前の私です。信じられないかもしれませんが、私には前世の記憶があります」
「……前世?」
「ええ、ですから……王家が都合よく隠した私の怪我の真相についても、しっかりと覚えております」
隊長がヒュッと息を呑んだ。
隊長は、王族の末端の家系出身だということは把握している。そして隊長となって長いこの人が、あの日の真実を知っているであろうことも。
討伐部隊と言いながら、この隊が魔王を倒すためのものでないことは、入隊してすぐに分かった。倒す気がない、と言えば言い方が悪いかもしれないが、まさにその通りでしかないのだ。
何年かに一度、顔ぶれを変えて魔王を目指し旅立つが、道中はゆっくりとしか進まないし、隊員も誰一人、魔王への恨み辛みは口にしない。
倒したい、という一言さえない。
それもそうだ。だってラルは何もしていないのだから。魔物でさえ、悪さはしても最悪のことにはならない。
命をかけて討伐するほどの理由がない。
しかし、ラルが魔王である以上、いつ人間の脅威になるかは分からない。だから形だけでも討伐の意思を民に見せる。
そうしておけば、王家は民のために魔王に立ち向かう勇気ある者の象徴となるから。
そうしておけば……過去に一人の少女の犠牲を出してしまったこと、それによって魔王を生み出してしまったことを……隠し通せると思っているのだろう。
私はやっぱり……許せない。
あそこで飛び出したのは私の責任だった。だからそれを恨むようなことはしていない。
私が許せないのは……ラルを一人にしていたことだ。
あの後、ラルは暴走したのかもしれない。それでも話し合えばどうにかなったかもしれない。
それからの百年間も、討伐部隊をおいて誰もラルに寄り添おうともしなかった。私はそれに憤りを感じるのだ。
「私は……あの日のことを誰にも話しません。ですから、私達のことはもう放っておいてください。それと私達の知人達にも手を出されませんように。魔物達には、危害を加えてこない人間には、決して悪さをしないように言ってもらいますので」
きっと討伐部隊の面々は嫌でも察しただろう。
私達や私達の周りの人々への接触は、今後一切許されないこと。
そして魔物達に危害を加えれば、それはそのまま返ってくること。
「彼にはまだ魔王は続けてもらいます。その方が世界としては穏やかでいられると思うので。強者がいなくなり、その命令を聞いていた者達が思い思いに動き回ることになってもいけませんし、ね」
今までの平穏は、魔王によって守られていたこと。
その魔王に進言出来るのは、この場では私だけだということ。
「それでは、私達はここではないところで二人仲良く暮らしますので。失礼します」
私が一礼するとともにふわりと体が浮く感覚がして、顔を上げれば森の中だった。
「ここに暮らすの?」
「ミラといられるならどこでもいいよ。俺も見た目は人間だから、街に出れるけど」
「しばらくはラルと二人きりがいい」
「俺も」
手を繋いで歩きながら、これからの生活の話をする。
一緒にいられなかった百年を埋めることは難しいかもしれないけど、これからずっと一緒なのだから、焦らず少しずつでいいのかもしれない。
そう思って見上げれば、大人びたラルが私を見て微笑んでいた。
何だか悔しくなって、背伸びをしてその唇に自分のそれを押し付ければ、信じられないほどの涙を流しながらラルは私を抱きしめて離さなくなった。
泣き止ませるのに苦労したけど、今までで一番、幸せな時間だと思った。
「……ところで、何でミラは妖精なのに人間に混じってたんだ?」
「え?」
「え?」
どうやら、泣き虫の婚約者は魔王になり、私は妖精になっていたようです。
なにはともあれハッピーエンド!
おしまい。
最後までお読みいただきありがとうございました!
楽しかったです!




