とある酒場にて
ここではないどこかに行きたい人が集う酒場。
老人が一人飲んでいる。
ここはどこかにある居酒屋。
どこにあるか誰も知らない。
そこに行きたいと願う人は決してたどり着くことはない。
そこに流れ着く人たちの共通点は、「ここではないどこかを求めている」ということだ。
ここはそんな人たちが流れ着く居酒屋。
老人が酒を飲んでいる。
「人間ってやつは自滅するように出来てんのさ」
老人は、酒臭い息とまるで自分の抜けた頭のネジを象徴するかのような歯並びを見せつけながら唾を撒き散らして言った。老人は浅黒い肌と顔に無数の切り傷があった。服装は老兵士といったものか。ボロボロ切れをまとわせた剣を大事そうに抱えていた。その剣を老人は杖代わりに使っているのか、その切っ先はもはや丸みを帯びており、その本来の目的としては用を成さなくなっていた。
「俺は若いころ戦士だった。戦士だったんだ。何かを手に入れようをしていた気がする。何かを手に入れたくて、仕方がなかった気がする。ただ何を手に入れたかったのか、それが何なのか俺はすっかり忘れてしまった。忘れてしまった」
老人は酒を飲んだ。老人は何かを忘れていると言ったが、老人は今自分が何を飲んでいるのかも忘れてしまったようだ。自分がなにを言っているのかも忘れているのだろう。
「乾くな。魂が乾く。飲んでいたい。とにかく飲んでいたい」
老人は酒を飲んだ。自分の大切なものを忘れた喪失感を埋めるために。忘れたことを忘れるために。忘れてしまったものを思い出さないように。
「大切にしなければならないものがあったはずなんだ。俺は何かを守るために戦っていたはずなんだ。ただ今の俺が持っているものは、なにもない。それに耐えられない。それに耐えられない。忘れたい。ただただ忘れたい」
老人が酒を飲んでいる。
魂の渇きをテーマにしました。孤独に酔ってしまった人間の末路を書いたつもりです。