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地平線のかなたで  作者: 羽月蒔ノ零
地平線のかなたで
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ある事件

 彼女の名は、澄野優莉すみのゆうり

 兵庫県出身で、21歳の大学4年生らしい。

 髪型の名前には詳しくないが、おそらくボブとよばれるものであり、ダークブラウンといった感じの色をしている。

 身長は俺より少し高いくらいなので、158㎝くらいだろうか。

 アイドルグループのメンバーだったとしてもおかしくないような可愛らしい顔立ちをしている。



「実は、私もあなたと同じ、特殊能力者なんです。私は、『時間を止める能力』を持っています」

「時間を止める……。そうなんですか。けど、なぜ僕が未来を見ることができるということを知っているんですか? それも時間を止める能力と何か関係が……あ、ごめんなさい。寒いですよね。びっくりしたんで気が回らなくて、ついつい立ち話を……。よかったら部屋にお上がりください。狭いですけど」

「あ、はい。では、お言葉に甘えて。お邪魔します」

 


――咲翔の住む部屋はワンルームで、広くはないが、1人で暮らす分にはさほど問題はない。不動産屋さんに部屋を見せてもらった際に広さを聞いたが、よく分からないと言われた。なぜよく分からないのかがよく分からなかったが、おそらく五畳じょう半くらいだろうと自分では思っている。キッチン、バスルーム、クローゼット、それにベランダもついており、洗濯機、エアコン、扇風機、ヒーター、炊飯器など、生活に必要なものは一通り揃っている。電子レンジはないが、特に欲しいとは思っていない。2年前に本棚を購入したが、まだ組み立てていない。4年ほど前から加湿器を購入したいと思っているが、まだ買っていない。暖かい時期にはベランダでミニトマトを育てていたが、寒くなった今は、アネモネという花を育てている――。



「どっか適当に座ってください。お茶か何か飲みますか?」

「いえ、結構です。お構いなく」

 澄野さんはデスクチェアに、俺は座椅子に腰掛けた。


「先ほどの話の続きなんですが、澄野さんはなぜ、僕が未来を見ることができるということを知っているんですか?」

「はい。実を言うと、鈴木さんのことはだいぶ昔から知っていたんです。きっかけは、今から13年前に起きた『交番襲撃(しゅうげき)事件』に関するニュースを見たことでした。ニュースで鈴木さんのことを知った私は、『この人にはきっと未来が見えているんだ』と考えるようになったんです。当時すでに時間停止能力を使えるようになっていた私は、『不思議な力を持った人間は私以外にも必ずいるはずだ』と確信していたので、自然とそう考えるようになりました。鈴木さんの名前に関しては、感謝状を贈呈したというニュースの方で報道されていたので、それをずっと覚えていたんです」

「なるほど……」



『交番襲撃事件』。その言葉を聞いて、当時のことがまざまざと頭に浮かんできた。薄れることのないあの記憶、脳裏に焼きついて離れないあの光景、忘れもしない、あの日、あの時……。



 ――その事件は、今から13年前、俺が中学一年生だった頃に起きた。

 登校中、横断歩道の信号待ちをしていると、背後から突然大きな悲鳴が聞こえた。振り返ってみると、拳銃を持った男が大声で何やらわめいていた。すぐ近くにあった交番の入り口で警察官が1人倒れており、拳銃はその警察官から奪ったもののようだった。「動くな!」と言っているのは聞き取れたが、それ以外は何を言っているのかわからなかった。ただ、あまりにも危険な状態であることはすぐに理解できた。

「なんとかしなければ……」俺は未来視能力という特別な力を持つ者としての使命感や義務感から、「俺がみんなを救うんだ。絶対に誰も死なせない」そう強く決心した。

 すると、自分のすぐそばにいた小学生の女の子が拳銃で撃たれてしまう未来が見えた。

「まずいっ!」

 俺は咄嗟とっさにその女の子を抱きかかえて、近くに停まっていた車の陰へと走り込んだ。なんとかその子を守ることができたが、今度は自分が撃たれてしまう未来が見えた。俺は咄嗟にしゃがみ、なんとか銃弾を避けたが、犯人はまたしても俺を目掛けて発砲しようとしていた。更に銃弾を避けたあと、犯人は俺を仕留めることを諦めたのか、怖くて泣き出してしまった小学生の男の子に向けて発砲しようとしていた。俺は無我夢中でその子を抱きかかえ、物陰に飛び込んだ。

しかし、俺が銃弾を避けたことで、その銃弾は本来死ぬはずではなかった別の人間の命を奪ってしまった。手に持っていた絵の具セットに、「あいはらとしや」と書いてあるのが見えた。小学二年生の男の子、まだ、8歳だった。

 

 その直後、犯人は別の警察官によって射殺された。

 

 俺はなんとか、二つの命を守ることができた。

 しかし、その場にいた全員を守ることはできなかった。

 未来が見えるのにも関わらず、かけがえのない、たったひとつの命を失わせてしまった。


 なんとか守り抜くことができた2人の両親から、

「ありがとうございます。ありがとうございます」と何度も感謝の言葉をいただいた。

 

 しかし、その傍らで、としや君の両親が、気が狂ったように狼狽ろうばいし、大声で泣き叫んでいた。

 その様子に、俺はなんともいえない感情を抱いた。

 

 俺の行動は、正しかったのだろうか……。俺が銃弾を避けたことで、としや君は死んでしまった。俺が殺したようなものかもしれない。けれど、あの男の子を助けたことが間違っていたなんてことは、絶対にあるはずがない。

 なんとかして、としや君のことも助けることはできなかったんだろうか。もっと早くに気づいていれば、もっと早くに未来を見ていれば、もしかしたら……。けどそうすれば、また別の誰かが死んでいたかもしれない。

 悪いのは、拳銃を奪って発砲したあの男であって、俺ではない。俺は間違ったことなどしていない。……そうであってほしい。そうであってほしいと、ずっと願ってきた――。



「ご推察すいさつのとおりです。確かに僕はあの時、未来を見て銃弾を避けました。けれど、あの時の行動が正しかったのかどうかは、今でも疑問です。あの時、どうするのが最善だったのか……。僕はきっと、あの時最善の道を選ぶことができなかった。感謝状を貰う資格なんて、僕にはなかったのに……。『時間を止める能力』……か。もしあなたのような能力が僕にもあれば、また違った結果になっていたかもしれません」


「感謝状のニュースで、鈴木さんがまったく嬉しそうにしていなかったのを今でもよく覚えています。確かに私の能力を使えば、もしかしたら違った結果になっていたかもしれません。しかし、この能力ですべての人を救えるかというと、そういうわけでもありません。たとえば、自然災害などがそうです。いくら時間を止められたとしても、自然の猛威の前ではどうすることもできません。だからといって、何もせずただ見ているだけというのも心が痛みます。どうすればよいのか、自分でも未だにわかりません」


「そうなんですか。自分も災害に関しては毎回心を痛めています。一体どうしたらよいのか……。あれ? そういえば、僕の住所はどうやって知ったんですか?」

 

「ああ、住所なら、金沢市役所へ潜り込んで調べました。もちろん時間を止めて」


「なるほど……。でも、どうしてそんなことをしてまで、わざわざ僕なんかを訪ねて来たんですか?」


「実は、『この世界に何かよくないことが起こるのではないか』、そんな気がし始めたんです」

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