穴を掘る人
私は真理が知りたいのです。
穴を掘る人の話をしましょう。
穴を掘る人は、穴を掘ることが仕事です。
穴を掘ることで、食べものと寝る場所を与えられます。
穴を深く掘れば掘るほど、食べものがたくさん手に入るので、穴を掘る人は朝から晩まで必死に働きます。
しかし、たまにふと考えることがあります。
自分はなぜ穴を掘っているのだろう、と。
そこで彼は上司に尋ねます。
「我々は、なぜ穴を掘っているのですか」
上司は答えます。
「生きるためだよ」
穴を掘る人は、まだ理解できません。
「それはわかっています。でもそんな理屈ではどうにもならない、なんともいえない虚しさが、ときどき私の心を襲うのです」
上司は少し苛立った様子で答えます。
「キミはそんなことばかり考えているから、仕事ができないんじゃないか。いいかい、穴を掘る意味を考えたところで、腹の足しにはならないんだよ。もっと建設的なところに頭を使いたまえ」
上司との会話は、いつもこんな調子でした。
仕事に疲れたとき、穴を掘る人は空を見上げます。
ある時、いつものとおり空を見上げていると、一羽の鳥が飛んでいました。
穴を掘る人は思います。
鳥はいいな、空を飛んでどこへでも自由に行くことができる。
僕も自由に空を飛び回れたらいいのに、と。
そこで彼は鳥を呼び止め、言いました。
「君たちの仲間にしてよ」
鳥は聞きます。
「どういうことだい?」
穴を掘る人は答えます。
「僕は鳥になりたいんだ。鳥になって自由に空を飛びまわりたいんだよ」
鳥はさらに尋ねます。
「君は空を飛べるのかい?」
穴を掘る人はうつむいて首を振ります。
鳥は呆れて言います。
「それじゃあ無理だよ。君を僕らの仲間にすることはできない」
穴を掘る人は鳥に尋ねます。
「空を飛べないと仲間になれないのかい?」
鳥は言います。
「そういうわけではないよ。でも僕たちは大陸を渡らなくてはならない。そのためには、自分で空を飛ぶことが必要なのさ」
穴を掘る人は、なおも粘ります。
「今の生活から抜け出したいんだ。ついていくだけでもだめかい」
鳥は少し考えて、答えます。
「君は何かを勘違いしているよ。僕たちは空を飛ぶことができるが、自由なわけじゃない。群れの決まりを守らないといけないし、危険だっていっぱいある。それでもついてくるっていうのかい?」
穴を掘る人は、力いっぱいうなずいて見せました。
いい加減今の生活にうんざりしているのです。
鳥は言いました。
「分かった。それじゃあ僕の上に乗りなよ。一緒に連れていってあげる」
こうして穴を掘る人は、鳥の群れについていくことになることになりました。
旅の途中、穴を掘る人は多くの国や都市を訪れました。
ある国で王様に会いました。
王様は穴を掘る人に聞きます。
「お前はなにをする者だ」
「私は穴を掘る者です」
王様は興味深そうに身を乗り出します。
「なんと、穴を掘る者だと。穴を掘ってなにをするのだ」
「なにもしません。穴を掘るだけです。その見返りに生活に必要なものを与えられます」
「ほう、それは不思議なことだ。穴を掘るだけでなにかを取り出すことも、なにかを埋めることもせんとは。ただひたすら掘るだけ、そんなことになんの意味があるというのかね」
なんだか、上司との会話を思い出すようで、穴を掘る人は居心地が悪くなりました。
「意味はないかもしれません。しかし我々は、それをすることで生きています」
「ただ生きるためだけに、意味も分からず穴を掘り続けるというのか。それは生きているといえるのかね」
核心を突かれたようで、穴を掘る人はとっさに言い返します。
「お言葉ですが王様。私は私の職業に少なからず誇りを持っています。今はまだ、なぜ穴を掘っているか分からないかもしれません。しかし我々は、いつの日かその意味を知ることができることを夢見て、頑張っているのです」
「しかし、お前はその誇りを捨て、鳥の仲間になろうというのだろう」
穴を掘る人はそれ以上何も言えず、真っ赤になってうつむきます。
そして、今の自分がなんだか恥かしくなりました。
ある時は危険にも遭遇しました。
鳥たちの天敵である、タカに襲われたのです。
その時は事なきを得たものの、ただでさえ恐ろしい天敵に対して、人を乗せて飛ぶことは自殺行為に近いことであると、旅が進むにつれ穴を掘る人にも段々分かってきました。
ただ自由なだけではない鳥たちのルールも学びました。
エサは群れのボスから順に食べていき、下っ端が食べられるのは残りものだけでした。
穴を掘る人は足手まといであるという不安と、少しずつ込み上げてくる故郷の懐かしさから、いつしか飛んでいる時も地面を眺めることが多くなりました。
そんなある時、目の前に見たことのある風景が広がってきました。
長旅の末、ついに世界を一周し、もとの国へ帰ってきたのです。
鳥は地上に降り、穴を掘る人を背中から降ろして言います。
「ここまでだ。お別れだよ」
穴を掘る人は、目を見開きます。
鳥は静かに続けます。
「君を僕らの仲間にすることはできない。君は鳥にはなれないし、なるべきじゃない。君は穴を掘る人だ」
穴を掘る人は少しがっかりしました。しかし気を取り直して言います。
「旅の途中で僕も薄々感じていたよ。僕は本当は鳥になりたかったんじゃない。現実から逃げ出したかったんだ」
さらに穴を掘る人は、ずっと気になっていたことを口に出しました。
「僕は足手まといだっただろう。でも君は旅の途中、一言も文句を言わずに運んでくれた。どうしてだい」
鳥はにっこりと微笑んで言いました。
「君が友達だからだよ」
穴を掘る人は、目を見開いて鳥を見ます。
「また会いに来るよ」
鳥はそう言い残すと、背を向け飛び立っていきます。
穴を掘る人はしばらくじっと動かず、鳥の飛んでいく背中を見ていました。
彼の瞳は涙でいっぱいです。
悲しみとも喜びともつかない不思議な感情が、彼の心にしみわたっているのでした。
穴を掘る人は今日も穴を掘ります。
しかし彼はもう虚しい気持ちになりません。
大切な何かを知ってしまったからです。
それが何なのかはっきりとはわからないけれど、それがある限り生きて行ける気がしています。
私は真理が知りたいのです。
そしてそれを今も探し続けています。
穴を掘る人の話は、その答えを探すひとつのヒントになるかもしれません。