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しばらく二人はアンドロイドの近況などを話題に話し込んでいたが、飲んでいたカップが空になっていることに気づいたソーマが視線を僕に向け「もう一杯」と指示を出した。
……が、傍に立ったままピクリとも動こうとしない僕に、怪訝そうな顔をする。その理由に思い当たった主より先にR-9がすばやく言った。
「ソーマ様。それでは指示不足のようです」
今度は僕に向け、ゆっくりと言う。
「『ソーマ様』に『紅茶』をもう一杯淹れて差し上げてください。それと……シー様にもですね。新しい紅茶のご用意をお願いします」
それで僕はようやく動き出す。
とてつもなく惨めな気分だった。
満足に客をもてなすことも出来ず、主に恥をかかせてしまった。そのうえ、僕と同じアンドロイドのRー9にフォローしてもらうなんて……。
表情に出ないことだけが救いだった。僕はどうしようもなく稚拙なアンドロイドだから。こうして、どんな気持ちだろうが表面上はそつなく紅茶の用意ができる。余計な言葉も出てはこない。
「んん……古いのの扱いは面倒だな。比べてみりゃこうも違いが出るもんか……技術の進歩をしみじみ感じるなぁ」
「俺が苦労した甲斐があった……って? ソーマ、自己陶酔に浸るなら家に帰って一人でゆっくりやってくれ」
「いやいや俺は客観的事実を述べただけだよ」
確かに。ソーマが言うのは紛れもない事実だ。どんなに察することはできても、それを行動に移すことが出来ない。必要な指示なしには動けないのが僕の……旧式の限界だった。あらゆる事態を想定して、指示の短縮化が図られている最新式との埋めようのない差。
この身体はプログラムに従順だ。僕の意志など少しも反映してはくれない。
「――なぁ。シーも、もっと新しいやつを傍におけよ。何ならこいつでもいいぜ、この試用が終わったらプレゼントしてやるよ」
こいつ、と指さされたRー9はその言葉をどう受け取ったのか「よろしくお願いします」と神妙に頭を下げた。
ソーマが笑う。乗り換えるのが早すぎるだろ、と言って笑う姿に主までもが笑っている。
……ちっとも可笑しくなんかないのに。
僕はこのまま笑いながら廃棄されるのだろうか。Rー9は僕以上に主の役に立つことは疑いようもなく、悲しいことに棄てられない理由がひとつたりとも思い浮かばない。
僕のこころは悲鳴をあげる。けれど身体は、ソーマの隣で黙々と紅茶を注ぐ。なんて間抜けな話だろう。僕なんかに見合わない、不相応なこころなど持ってしまったから……だからこんなにも苦しいのか。
「――――リィ、こっち来て」
主の声を初めて聞きたくないと思った。今はその笑顔を見たくない。行きたくないと叫び、ここから逃げ出してしまえたら楽なのに。
「ソーマ。せっかくだけど、俺には必要ない。リィがこうして美味しい紅茶を淹れてくれるし……面倒だと思ったこともないな」
主の隣で紅茶を注ぐ。優しい言葉に少しだけ癒される。
……だけど素直に喜べないのは、どうしてなんだろう。
「そうは言ってもな、使えばわかるさ。初めて所有したアンドロイドに愛着がわくのは分かるが、いちいち言わなくても動いてくれるのはシーが思っている以上に快適だぞ」
そう、それだ。僕は気づいてしまった。いつ棄てられてもおかしくないことに。より人間らしく自然に振舞えるアンドロイドに僕はどうしたって敵わない。役に立てないことに絶望したんだ……。
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