*
――――「より人間らしく」
それは、進化を続けるアンドロイドに共通する目標だった。容姿だけでは飽き足らず、表情・言語に至るまで。いかに人間に近づけるか、日夜研究されている。
しかし感情の複製・構築には、ことごとく失敗しているのが現状だ。人間らしく振舞うだけの詳細で複雑高度なプログラミングを施すたびに、機械自身から権限が失われていく。
そもそもアンドロイドに人間らしさを求めること自体に矛盾が生じていることを、誰も気づかないのだろうか。
人間は……時に逆い、時に怠ける。
それも人間らしさだ。
どんなにそれらしく振舞えても、絶対服従の姿勢を崩さない限り、どこまで行ってもただの機械でしかない。
機械に、こころは要らない。
そう。僕に生まれたのはバグだ。
旧式だからこその不具合。不釣り合いなこころ。
「どうして、お礼を言うのですか?」
最先端の技術を駆使したアンドロイドは不思議そうに、けれど愛らしく小首を傾げて問いかける。
「それはもちろん感謝してるからだよ」
「どうして? 当たり前のことなのに」
「それはもちろん俺が言いたいから……じゃ、許してくれないんだろうな。んんー困ったな……」
弱り切った様子の主は、助けを求めるように客人へと目を向けたが、向こうは無視を決め込んでいるらしく、涼しげな顔で紅茶を飲んでいた。「どうして」と答えを催促する声がして、主は苦笑を僕に向ける。
つい先ほど、紅茶を淹れた僕に主がお礼を言ったことから始まった、どうして攻撃にほとほと困っているようだ。僕に助けられるものなら、すぐにでも助けてあげたいのだけれど。
本日の客人は、主の古くからの親しい友人で「ソーマ」という名だ。そして、もう一人。「R-9」という最新型のアンドロイドを連れてきた。僕と同じプロトタイプ……といっても、性能は比べものにならないけれど。
「おい、ソーマ。仕事を放棄するな。こいつに教えるのはお前の仕事だろ?」
アンドロイド開発に携わっているソーマは、このプロトタイプの最終調整を任されているそうだ。プログラムされた知識と人間の認識との間の誤差を修正するのが仕事なはずなのだが……。
「……そう言うなよ、シー。こうも四六時中『どうして』と聞かされる身になってみろ。少しは休憩したくもなる」
「ああ、なるほど。何だかんだと理由をこじつけて……結局はサボリに来たのか」
主の指摘に、ソーマは悪びれもせずにっこりと笑った。とても人間らしい笑顔だなぁと僕は思った。
.