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ここに確かなこころはあるのに。
それを伝える術を僕は持たない。
つまるところ、僕はただの不良品なのだ。
ヒューマノイド、機械人形、オートマタ…等々。
呼び名は色々あるけれど、僕はいわゆるアンドロイドに位置する機械である。「R-1」と名付けられた、アンドロイド第一世代のプロトタイプ。
外見こそ人間に近しいものの、動作や言語、表情が未熟な為に、ひと目見ただけですぐに機械だと気づかれてしまう。製品化まで漕ぎつけず、再開発が進められたのも納得の代物だ。
単語登録数も、わずか20。
我ながら絶望的な数字だと思う。
本当に……これでは何も喋れない。
「――――リィ、こんなとこに居たのか」
その特有の周波数に、僕は全ての動作を停止させた。僕の世界に、他に優先すべき事柄は存在しない。唯一で絶対の主の声だ。
「あー窓掃除だったか! 当てが外れたなぁ。てっきり庭に出てるとばっか思って無駄にグルグル探し回ってきちゃったよ」
低いけれど空気に溶け込む優しい声。
柔らかに眦を下げてはにかむ顔。
その一つ一つが僕には特別に映る。
主のゆったりとした足取りを待ちきれずに、僕からも歩み寄る。たった数歩の距離が酷くもどかしい。走って駆け寄りたくとも、機械仕掛けの足はどんな時でも急がず進む。残酷なまでに淡々と。優雅に平静に。
「一つ頼みがあるんだ。これから客が来ることになったんで……掃除を中断させて悪いけど、お茶を出す準備しといてくれないか?」
命令ではなく、お願いとして。正面からじっと見上げる僕に、主が首を傾げて問いかけ、僕からの答えを待っている。
人によって製造された「絶対服従」のアンドロイドに質問なんてするだけ馬鹿なんだと皆に嗤われても、僕の主は朗らかに笑うばかりでちっとも気にしない――――少しばかり変わった人なのだ。
こんな旧式を人と同じように扱ってくれる。
僕はこの心優しい主が大好きだ。
それは忠義でもプログラムでも何でもない。僕自身のこころでこの人を愛している。ただ――――
「了解、です」
愛を伝える言葉を持たない僕は抑揚のない返事を口にすることしか出来ない……このポンコツめ。
「良かった! 俺が自分でやるより、リィが淹れた方が格段に美味いからな。客も絶対喜ぶよ。そしたら俺の可愛い恋人を思いっきり自慢してやろう」
分かりきっているはずの返答を受けたにも関わらず、ホッとしたように破顔する主は嬉しそうに僕の頭をぐりぐりと撫で回す。人工毛髪の滑らかな感触はおそらく僕の数少ない美点の一つだが、それは完全にメンテナンスの賜物だと思う。
恋人と呼びかけ、足先から髪の手入れまで。慈愛のこもったメンテナンスを出会った日から一日も欠かした事はない。そう。不思議なことに、主は僕をとても可愛がってくれている。
やっぱり、変わった人なのだ。
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