ロリコン、ショタコン、小学生、幼稚園児。こんな家族ってありですか?
「お父さん、お母さん。二人が亡くなってもう十年。俺も高校生活最後の年になったよ」
仏壇に飾ってある遺影には家族旅行中に交通事故で亡くなった両親が収まっている。
あの時、小学生の俺がワガママを言ってキャンプに行きたいなんて言わなければこんなことにはならなかったのにと、しみじみ思う。
「大輔。早く食べないと遅刻するわよ!お母さんも学校に行かないと行けないんだから」
「そうだぞ?父さんも今日は接待があるから早く行かなくちゃならないんだ」
台所用の踏み台に乗って朝食を作るのは俺より頭一つ小さい小学三年生の少女。
新聞を読みながら牛乳を飲むのは五歳児の幼児。
「お母さんご飯まだ?」
ボサボサの髪であくびしてるのは二十四歳の姉ちゃんだ。
「美咲。そのだらしない格好をやめなさい」
「うるさいなぁお父さんは。口の周りに牛乳ついてるよ。ほら、拭いてあげるから」
一般の人からしたら若いママが自分の子どもを世話しているように見えるが、実際は父親の世話を娘がしている光景だ。
「……姉ちゃん。もうちょっとしっかりしろよ」
年齢と立場が逆転している。これがここ最近の我が家の日常だ。
きっかけは半年前。俺は学校帰りにいつも怪しい視線を感じていた。
犯人を捕まえるためにUターンして全力で走ると、そこには赤いランドセルを背負った小学生がいたのだ。
「えっ、君誰?」
想像していたストーカーと真逆の見た目の少女に俺は困惑した。
見知らぬ子だ。友達の妹とかか?いや、仲のいい連中にこの年齢の兄妹なんていなかったはず。
「バレちゃった。妙に勘だけは冴えてたもんね大輔は。急に走ってくるからお母さんビックリしちゃったよ」
今、この子は何を言ってるんだ?
どうして俺の名前を知ってるんだ?
「遠くから見守るだけだったけど、バレたら仕方ないね。元気にしてた?あんたの母親の和美よ。ほら、これが証拠のカッコいいチョキ」
女の子が突き出したのは親指と人差し指。
じゃんけんが弱かった俺が母さんと一緒に考えた変なポーズだ。
友達に笑われて以来は家の中でしかやったことのないそのチョキをどうしてこの子が⁉︎
通学路の途中で高校生と小学生が話しているとあらぬ疑いでロリコン扱いされるし、どうして家族だけの秘密をこの子が知っているのかも気になった俺は彼女を自宅に案内することにした。
初対面の小学生を家に連れ込むってパワーワード過ぎるでしょこれ!
「お帰り大輔!聞いてよ、この子が私達のお父さんだった!!」
リビングに入ると、在宅で漫画家やってた姉ちゃんが幼児を膝の上に乗せていた。
「あ、もしもし警察ですか?うちに誘拐犯が、」
「ちょい待ち!!」
流れるような速さで俺の手からスマホを奪って電話を切った姉ちゃん。
「何やってんだこのバカ姉貴!!いくら子ども好きでも連れ去りは犯罪だろ!ただでさえご近所からは無職って疑われてんだぞ!」
「今は連載ないだけで私は立派な漫画家だ!!あと、この子は合意の上で連れてきたの!ご両親から預かったの!!」
膝からソファーの上に降ろされた幼稚園児は俺達の喧嘩をみてケラケラ笑っていた。
「大輔、お姉ちゃんとまた喧嘩してるの?お母さん反対よ」
「……もしもし110番?うちにロリコn」
電光石火。間違いなく人生で最速の動きをして姉ちゃんのスマホをはたき落とす。
「見損なったよ大輔。彼女いないからってついには小学生に手を出すなんて。やっぱりベッド下にあった貧乳本は………」
「誤解だって!あと勝手に人の部屋に入るな!この子が最近言ってたストーカーで、しかもカッコいいチョキをだなぁ」
ややこしい事になった。
あの子が変なタイミングで割り込んだせいで要らぬ誤解を招いたし、完全にこの姉を仕留めるチャンスを見失った。
このまま二人とも警察のお世話になれば天国の両親に顔向けできねぇ。
「うそ……まさか圭輔さん?」
「和美なのか?……こんなことって」
睨み合いを続けている真横で連れてきた小学生と幼稚園児が泣きながら抱きしめ合いだした。
何この急展開。……ちょ、キスは駄目でしょ⁉︎お兄さんそんなこと認めませんよ!!
姉ちゃん、写真撮る前に手伝えよ!!
そこからは信じられない事のオンパレード。
この女の子と男の子はそれぞれ母さんと父さんの生まれ変わりだと言った。
女の子は学校帰りの俺を見て、男の子は公園のベンチで一人座っていた姉ちゃんを見て記憶が蘇ったようだ。
二人は家族しか知らないようなエピソードや前世での名前、出身、学歴から職歴までを何一つ間違えることなく当てた。
「まさか生まれ変わってもお父さんに会えるなんて」
「死んでも母さんと一緒とは言ったが、不思議なこともあるもんだなぁ」
生前に両親が使っていたコップでジュースを飲みながら二人が笑い合う。
「よかったわね大輔。お父さんとお母さんにまた会えて」
「すんなり受け入れようとするな姉ちゃん。こっからが問題だろ」
二度と会えないはずの両親と生まれ変わって再会した。……素直に納得できない。
どこかに隠しカメラがあって、ドッキリ大成功〜になるかもしれない。この子達も姉ちゃんが用意した天才子役達で俺を騙そうとしているかも。
「大輔、美咲。まだ小さかったお前達を残して死んで悪かったなぁ」
「二人揃ってこの家で一緒に住んでいるなんて、それだけでお母さん感動よ」
小学生と幼稚園児がボロボロと号泣している。その姿があの頃の二人と重なって見えてイライラした。
「もういいよ」
演技が上手いのも認めよう。保険金や遺産を巡って親戚と揉めてそれでもこの家を手放さなかった話も姉ちゃんが恋愛も青春もせずに引きこもって漫画家になって俺を私立に通わせてくれてることも聞いて他人なのに労わるフリをするのは気にくわない。
「何だよ。何のつもりだよ!!いい加減にしてくれ!父さんと母さんが謝るわけないだろ!俺のせいで二人は死んだんだからまず最初に罵倒を浴びせるだろうが!!もうたくさんだ!」
姉ちゃんまでグルになって泣き始めたことに耐えられなくなった。
二人の死は俺達姉弟にとって禁句だったんだ。それを節目の十年目にネタにするなんてありえないだろ。
「ちょ、大輔!」
姉ちゃんの制止を振り切って俺はスマホだけ持って家を飛び出した。
制服のままだったし、スニーカーじゃなくてサンダルを履いたけど関係ない。
一刻でも早くあの場所を離れたかった。
汗だくになりながらもとにかく走った。走っている間だけは何も考えずにいられたから。苦しくても行き先が決まってなくても体力の続く限り走り続けた。
一体、どのくらい走ったのだろうか。
荒い呼吸を繰り返しながらスマホの電子マネーで買ったペットボトルを持って疲れて座り込んだ。
「あー、留守電とか大量の通知がきてる」
相手は全て姉ちゃん。それもそうか。いきなりキレて飛び出したもんな。
残った唯一の家族だし心配するよな。
事故の日、姉ちゃんは友達の家に泊まりに行ってた。家に帰ったら両親が死んで俺も大怪我していた。
それ以降は俺が出かける時は行き先を聞いてきたし、必ずスマホは持ち歩くようにって言うようになった。
今だって自分の幸せよりも残りの遺産と稼いだ印税で俺をいい大学に進学させてやろうって頑張ってる。
「……悪い事したな」
夕暮れの河川敷。高架下から見える太陽が眩しい。
事故の時もこの時間帯だった。
あの時、俺がワガママを言わなかったら。両親の代わりに俺だけが死んでいたら……と考えてしまう。
「黄昏れてるな息子よ」
「またお前か。子どもはさっさと家に帰らないといけないんじゃないのか?」
どうしようもない事を考えてた俺の横に来たのは、三輪車に乗った父さんを名乗る幼稚園児だった。
「心配して探したんだぞ?美咲に今の家から持ってきてもらったんだ。この体だと車は運転できないから大変だったしな」
幼児の着ていた服は俺と同じで汗染みができていた。
「相変わらず嫌な事があるとこの場所か。あの頃見てたアニメと同じロケーションだもんな」
あのアニメ。父さんが好きで、俺も一緒になってハマっていた。お気に入りのシーンの背景そっくりなこの場所でよくキャッチボールしたりして遊んでた。
「よく調べたな。姉ちゃんから聞いたか?」
「まだ信用してないか。……まぁ、それが普通だな。美咲は昔からすぐ人の話を信じるから悪い男に騙されないかが心配だったよ」
三輪車から降りて少年が座り込む。
手に持っていた飲みかけを渡すと、腰に手を当てて全部飲み干した。
まだ俺も飲むつもりだったのに。
「なぁ大輔。あの事故の日のことを覚えてるか?」
「そこまで知ってるのか」
「あの日、父さんが道に迷ったせいでキャンプ場に着くのが遅くなってな。長距離の高速道路っていうのもあって疲れてたんだ」
覚えてる。珍しく父さんが普段飲まないコーヒーのブラックを飲んでいたこと。こっそり味見して涙目になったからな。
「そのせいで急ブレーキを踏むのが遅くなった。もしあの時にもっと早く踏み込んでいれば母さんも一緒に助かったんじゃないのかって。……お前と美咲を残してなんて死ねない。死にたくないって最期まで思っていた」
色んな要因があったけど、あの事故で俺が助かったのは奇跡だ。小さい体で後部座席にいたから死ななかった。
「お前は自分がキャンプに誘わなければ!って自分を責めてるかもしれんが、一番責められるべきは父さんなんだ。……大輔、お前は何も悪くない」
ポンポン、と小さな手が俺の肩を叩く。
「キャンプ場で天体観測できなくてゴメンな。お姉ちゃんに自慢してやりたかったのに」
あぁ、そうだ。
姉ちゃんがお泊りに行ったのが羨ましくて、姉ちゃんが好きだった星座の写真を撮ってやろうとしてた。
天体観測のことは姉ちゃんに絶対に内緒だって約束したんだ。
事故の取り調べの時も俺がキャンプに行きたいってワガママ言った。そう伝えてある。
「姉ちゃんが自分を責めないようにソレは誰にも言ってないんだ」
「そうだったのか……」
変だ。
涙が止まらない。
我慢できない。
弱音を抑えられない。
「ごめんなさい父さん。俺、二人が死んで姉ちゃんに苦労ばっかかけて、未だに将来やりたい事も見つかんなくて……父さんみたいなカッコいい男になれなくて………」
「そんなことはないさ。美咲から聞いたよ。お前が大学に行かずに就職しようか悩んでいる事。天体観測の事を黙ってお姉ちゃんを悲しませないようにしたのはカッコいいことさ。父さんだったら我慢できなくて話してた。立派な子だよ」
優しい声色の小さくてあどけない幼稚園児の姿が一瞬だけあの当時の父さんと重なって見えた。
「帰ろうか。美咲がとっても心配していたよ。母さんはきっとハンバーグを作って待っているから」
「へへっ。また母さんのハンバーグ食べれるなんて思いもしなかった」
高校生と幼稚園児。あの頃と逆になった背丈で、あの頃と変わらない会話をしながら俺と父さんは家に帰った。
姉ちゃんには怒られたけど、母さんだけは満足げな表情で俺の頭を撫でてくれた。
そこでまた泣き崩れたら母さんが抱きしめてくれて、その写真は未だに俺を脅迫する姉ちゃんの材料になっている。
「「ただいま〜」」
学校帰りに待ち合わせして夕食の買い物を母さんとした。買い物袋を持つのは俺の仕事だ。
リビングでは姉ちゃんが疲れ果てて寝ている父さんをスマホで激写していた。
「違う。これは次回作への資料であって」
「ギルティ。預かってる他所様の子を盗撮なんて言語道断。親御さんに顔向けできんわ!」
そう。感動の家族再会は果たした俺達一家だったが、流石にまた家族で住むことはできない。
なので上手い事条件をつけた。
父さんの今の両親は共働きのため、幼稚園が閉まって夜中に両親が迎えにくるまで預かる事になった。
母さんは好きな漫画家に弟子入りするために通わせて!と今の家族に頼み込んだらしい。家事や姉ちゃんの原稿の手伝いでお駄賃もでるように契約した。……今の家族の前であざとさを全開で泣きながらお願いする姿には恐ろしさを感じた。涙は女の武器ってな。
土日は幼稚園も小学校も休みなのでお泊りもするようになった。寝室は俺・父さん。姉ちゃん・母さん。無いとは思うが生前通りに二人を一緒の部屋にすると嫌な予感しかしない。前から子どもの前でイチャイチャするタイプだったからな。
しばらくはこの関係が続くだろう。
俺は未だに自分が何をしたいかはっきりしていないけど、みんなからの勧めで大学には行こうと思う。
姉ちゃんへの恩返しは社会人になってからだ。
「それじゃあ、」
「「「「いただきまーす」」」」
仏壇には両親の写真が飾ってある。
それと事故の数日前に撮った家族写真。
そこに新しく漫画家、高校生、小学生、幼稚園児の写真が追加される予定だ。
よかったら感想・評価をよろしくお願いします。
誤字脱字があればすぐに修正しますので報告をお待ちしてます。
小学生ママとダンディ幼稚園児とか性癖に刺さるんだよなぁ