百歳
世にテレビなるものが普及し始めた頃、伏見にあるとある一軒の古い民家に数人の男たちがやってきた。
なんと御歳百歳になった御婦人がいると聞き、取材にやってきたのだ。
この古い民家の主、川上シズヱさんは数え年だが3日前にちょうど百歳になった。
縁側の座椅子に腰をかけ、取材陣の質問にゆっくりと但しはっきりと答えるその姿はとても一世紀生きた人間とは思えない程である。
地元では有名な商家に嫁ぎ、子を6人もうけて、現在は玄孫まで連なっている。その数は本人も把握できないらしい。
「川上さんの生きてて1番印象深いことはなんですか?」
リポーターの男は川上さんの耳元でゆっくりと懇ろに質問する。
「はえ、やっぱり、いくさの時やな」
なるほどと、報道陣はその言葉の重みにどよめいた。
先の大戦という名の大積乱雲は日本中に大雨を降らし、乱しては消えていった。
一世紀を生きた人間が印象深く思う、それほど凄まじいものなのだと。
誰もが太平洋戦争のことだと思った。
「血みどろの、お侍さんがな、船に乗ってな、吾妻の方へ、逃げて行ったんや」