贋作の里
真贋
「皆さん、静かに、静かにしてくださ~~~い、これから、授業を始めます。では、今日は、この前の続き、奈良時代です。ページを開いてください。」
相も変わらず、生徒達は、雑然としている。何度注意しても、騒めきは途切れない。初めの頃は、良く声を荒げていたけど、近頃は、止めている。でも、ただ、黒板を見ながら、時間まで、講義する事はしない。
「鈴木 春香さん、58ページから、前に出て、読んでください。」
「はい、・・・」
「良いぞぉぉぉーーーーー」
「頑張れええええーーー」
「頑張って、読んで、」等と、学生達の笑い声がいつものようにする。
「静かに、さぁ~、・・・・・」
彼女は、恥ずかしそうに歩いて前に来た。前に出て、読ませる事にした効果は、かなり有る。先ずは、順番を決めているから、自分の順番が近くなると、学生は、本を読みだす。読めない漢字が読めるように練習をしてくる。たったそれだけでも、勉強になる。最初の頃は、読めない学生が多数を占めていた事は、事実だった。高校で何を、勉強してきたんだろうと、思うような学生ばかりが、居た。
それが、学生の実態だった。
全ての学生がそうだったわけでは無い。目的を持って、入学してきた学生は、目的を持たないで来た、学生とでは、何もかも、初めから違って見える。そんな、学生の中に、一人の、一際、目立った、女性の学生がいた。
その女学生の名まえは、橘 麻耶。なかなかの才女であり、美人だ。何故この学校に来たのかは、理由が分からない。入学してきた一年の時から、周りの学生とは違いが在り過ぎた。はっきりとした目的が在って入学してきたとしか思えない。彼女の関心は、入学してきた当初より、歴史上の作家達の真贋、贋作について異常に関心があるらしいのは分かった。
だから、自分のゼミに入ってきたらしい事も分かっていた。来週、ゼミの研修旅行で京都に行く事になっている。
ゼミの研修旅行は、毎年の恒例行事であるので、学生達は毎年楽しみにしている事は間違いない。物見遊山に行くのではなく歴史を探訪に行くというか、歴史の中に入りこむのである。
例えば、金閣寺と銀閣寺を比較しようとすれば、造ったのは誰か、どのような時代背景があるのか、なんの為に金閣寺・銀閣寺は造られたのか等々、そういう見方、考え方、研究の着眼点等々を学びに行くのである。
因みに銀閣寺は、月を観る、ただ月を観て楽しむ為にだけ建てられたらしいのが、近年の研究で分かってきたようだ。銀閣寺の建物の壁には、銀ではなく、ミョーバンの結晶を塗りつけ、塗装面に凹凸が出来て、輝いていたらしい事も分かってきた。失われた輝きが近い将来、修復、修繕されて甦るであろう。長い研究と現代の最先端科学技術や工学技術の成果でもあるのは間違いない。
ゼミの研修旅行の目的は、現場・現物・過去の遺物・遺構・作品等を、自らの目で、肌で、耳で、心で、見る、聞く、感じる、考える事を、学生達に知らしめ、意識させる事が第一の目的であり、現場・現物は現代までかろうじて生き残った歴史の証言者なのである。
歴史上において、人間が使った様様な道具は、他の人々に幾度となく真似をされ、コピーを繰り返されてきたのである。そのこと自体に、著作権がどうの権利がどうのと言われた事も無い筈だ。当然の事ではあるが、こと、芸術作品になればそうはいかない。
現在では偽造品や模写製品、複製品、コピーなど、他人の作ったものを「コピー/複製」して制作されたものは価値が劣るとみなされることが多い。このことは特に芸術作品において顕著である。たとえば、模写が、元となったオリジナルよりも高い評価を与えられるようなことはほとんどないし、多くの場合、複製品や模作などには元となったオリジナルの単なる代替品としての役割しか与えられない。「コピー/複製」に対してこのような低い価値づけがなされるのは、現代において「オリジナリティ」(独創性)をもつことが作品の一つの重要な価値基準となっていることを背景にしている。「オリジナリティ」とは「芸術家の並外れた創作力が作品のうちに記す新しい、類例のない、個性的な性格」であり、それゆえオリジナリティをもつ作品に対する賞賛はそのまま作品を生み出した作家に与えられている。模作や複製品などに対して低い価値しか与えられないのは、「コピー/複製」によって作られたものがオリジナリティという価値をもち得ないからである。(真贋のはざまから抜粋)
橘 麻耶という学生が、美術の真贋について何度か聞いてきた事がある。本の抜粋部分をコピーして彼女は質問してきた事があるのだが、いかんせん、勉強不足だったのは事実だ。その時は、西洋の絵画の模写、贋作についての質問だった。模写とか、真贋、模倣、複製品とコピー、自然界のコピー等などは、人間の歴史が始まった時より、絶えることなく現在まで続いているし、これからも人間が生きている限り続いていく事になるだろう。真贋とは、実は相当に奥が深いものなのである。
本物に負けるとも劣らぬような見事な模写なり、複製品、贋作を作るには、例えば、絵画を例にとれば、絵画の歴的知識と時代背景等の知識、そして贋作を造る為には、その作家の人物像から・性格・作家の思考・嗜好・作家の生きていた細かい時代背景、趣味、癖等様々な研究が要求されるし、特にキャンバス材料、画筆の細かい道具、絵具の素材、時代時代に使われた現在使われていない材料等を揃えなければならないし、その為に科学的知識や技術が要求されるである。
特に何より重要なものは、修練を積んだ技量が必要である。贋作者は、当然のことながら時間と費用がかかるのは言うまでも無い。本物以上に本物を作るわけである。だが、高い芸術的技量が無ければ、いくら金と時間をかけても、出来の悪い模造品しか作れない事になる。これでは、素人には無理な事である。
だが、世界の国々の中には、それをモノともせずやり通せるだけの、ひょっとしたら、本物の作者よりも技量や芸術性が高い可能性がある、人間達がいるのである。それが、時代時代に現れる、「贋作事件」であるのは言うまでも無い。
他人を欺くために複製される美術品を「贋作」と呼ぶ。贋作造りには様々な手段が用いられるが、オリジナルをそのまま同寸で模倣するケースはそう多くない。仮に二点の揃う機会でもあれば、どちらかが贋作であるとの疑いが生じるからである。真贋を見極める最良の手段は、疑いのある二点を並べ、それぞれを比較しつつ吟味することである。普通であれば贋作を見破るのはそう難しくない。真作を忠実に模倣しようとして、贋作者の筆は躊躇いがちとなり勢いを失うからである。しかし、このケースのように二作が並んで陳列される機会は滅多にないし、また贋作者の技量が優れていればいるほど、真贋の見極めはそれだけ難しくなる。(真贋のはざまより抜粋)
この真贋について相当に興味があるらしい。あれから一年が経っているので橘 麻耶という学生の真贋対する研究は相当に深まっているに違いないと思っているが、そう簡単な事では無いのも真実だ。芸術作品の真贋を、見極める事が出来るまでに、気の遠くなる努力と時間が必要だ。目の前にある全ての物が、勉強の対象になる。そして、才能が特に必要なのだ。観察する才能である。例えば、他の人間と同じ「物」を見ているとすると、普通の人間が、普通に目の前の「物を」ぼんやりと見ているだけでは無く、全く違った角度で見るというか別次元で「物」その物を解体・組み立てる作業を頭の中で行い、そして立体的に、思想的に・細部に拘るように等等の細かく大胆な観察が出来なければ、到底、真贋等見分ける力は持てないし、才能が無いと言えるのである。
では、橘 麻耶にはそれが備わっているかというと、未だ、分からないである。
研修旅行の京都に、本物のコピーと偽物のコピーを持っていき、ゼミ生に討論鑑定して貰うつもりでいる。その為に、ゼミ生には、画材と作者の下調べの宿題を出しているのである。どこまで、掘り下げて来るのか生徒達が、この宿題をどれだけ時間をかけて学んできたのか、研究してきたのか、調べてきたのか、我がゼミの毎年の恒例なので、学生達も気が抜けない宿題なのだ、何故なら学生達の勉強量が直ぐに分かるのであり、成績にも反映されることになるからである。学生の仕事は、遊びでもセックスでも無い、学業が本業なのである。だからこそ、黙って見ていない事にしているのである、特に、ゼミの学生だけには、煩いくらいに研究テーマというか、宿題を与えるのである。
午前の講義が終わって、学内食堂で一人テーブルに座って昼の食事を始めた時に、携帯電話が胸のポケットで振動を始めた。取りだし見ると、初めての番号だった。一瞬出るかどうか躊躇したけれど、出ることにして、
「はい、もしもし北條です」
「南原 詩乃です、先生今宜しいでしょうか?」
その声を耳にした途端に、
ドキッ、ドクンと、心臓が身体の内側から胸を叩いたような気がした。
・・・・か・彼女だ、詩乃・・さんだ・・・
口の中の食べ物を、無理矢理飲み込んで、
「だ・大丈夫です、」
「良かったです、何か講義でもしている最中ならと心配していました、先生」と言う詩乃さんの声が心地良い。
「ご心配なく、大丈夫ですよ、この前は失礼しました」と、言いながら、あの美しい居住まいが目の前に浮かんでくる。
「いえ~私の方こそ御無理頂いて、そのお詫びに、先生をお誘いしたいと思いまして、如何でしょう?」
・・・・えっ・・お・・・・お誘い・・・・デ・デート・・・・まさか・・・・
一瞬そんな思いが浮かんだが、打ち消していた。
「う・嬉しいです、お誘いして頂けるなんて、嬉しいです、万難を排して是非お供させて頂きます」と言った自分の言葉になんだか照れている。
ここが学生食堂だという意識すらなかった。
「まぁ~嬉しいわ、先生にそう言って頂けるなんて、今度の日曜日なんですが」と、詩乃さんの声が弾んでいる。けれども、詩乃さんの言った言葉が現実を思いださせてくれた。
「あっ、日曜日、日曜日は・・・・そのう・・京都なんです、ゼミ生達と研修旅行なんですよ、」と受話器に言った言葉に、
「まぁ~京都、・・・京都なんですね、」と、声が、沈んでいく。
「はい、あ~参ったな~折角のお誘い、いやぁ~残念です」と言って、諦めかけると、
「じゃ、私も京都に行きます、京都でご一緒して下さいね・先生」と、言った言葉に、心に灯りが灯ったように思えた。身体中に、嬉しさが駆けまわる。
・・・・京都で会える・・・何という事だ・・・・
だが、そう思いながらも、
「し・しかし・・用事も無いのに京都に行くのは・・・少し申し訳が無いような」と言っていた。
「もちろん用事はありますわ、先生とお会いになる用事と、・・・・私の家の用事です、日にちが一週間早くなっただけですから、ご心配なさらないで下さいね・先生」と、はっきりとした口調が、詩乃さんの性格を表しているように思えた。
「しかし・・そのう・・わざわざ京都にですか?」まだ、遠慮勝ちに言うと、
「はい、京都に支部がありますので、その用事です・・・先生、では、来週の月曜日の夜にでもお食事致しましょう、お電話お待ちしております・・・失礼致します」と言って、鮮やかに余韻を残しながら電話は途切れた。
ぼう・・・としていた。同じ事を何度も繰り返している。
・・・・これは、どういう意味があるんだ・・・考えろ・・・論理的に考えるんだ・・・あの美しい女性と京都で会えるという事は、どんな意味があるんだ・・・考えろ・・・一度お会いしただけだ・・・・・
・・一度会って、どうして次は京都なんだ・・・・何故京都に来るんだ・・・何故・・・まさか・・・それは無い・・無い・・・あるわけが無い・・・詩乃さんに会える・・京都で・・一緒にいられる・・・・
何故こうなった・・・論理的に思考すると・・・あの詩乃さんが俺にお礼をするが為にだけ・・あの詩乃さんが・・京都に来ると言う・・・あの詩乃さんが・・・支部ってどういった支部なんだろう・・・・
この支部の事を京都で知る事になる。それは、俺の人生を、全く違ったものにしていく事になる。
だが、まだこの時点では、これからの事など知る由も無かった。
ただ、堂々巡りの論理的では無い思考を繰り返していた。
インターネットの世界
伊達なブログ日記 2009.5.16 P:M23:00 作者 伊達なマスター
今日のオープニング曲は、・・・・
ベートーベンの「運命」・・・・・
・・・・・ジャッジャッッジャジャ~~~~~~~~~ン・・・・・・・
今晩は、今日は素晴らしい出来事があった。無機質な日々の暮らしに色がついた。
なんという事なんだろう。あ~~~神よ・・・神よ・・・・なんて言ったら、いつも神様はいないと書いてるでしょと、叱られそうだけどはははは~~~今日だけは叱られても良いぞう・・・・・へへへ・・・
そう・・・この前会ったあの女性因みに名前は、「マ~ガレット」にしておきます、このマーガレットさんから、携帯に電話あって、お誘いを受けたのでありま~~~~~~す。
信じられない事が、現実に起こったわけなんです。それも、それも、
・・・・・京都で会う事になってしまったんです・・・・・
うっそう~~~嘘~・・・はははは~~嘘ではないですぞ・・・・
週末は、京都におります。どのようになるのか、皆さん、お楽しみにしていてね~~~
1.yuuri@美女 2009.5月16日 P:m23:05
えっ~~~え~~~うっそう~~どうして・・・そうなるの?だって、この前会ったばかりでしょ・・
マスターなんか、魔法使ったの???羨ましいなぁ~~あ~~なんだか少し悔しいような・・・
マスター京都の結果、後から教えてね~~
もう・・・く・や・し・い・・・・い
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
京都
京都には、もう何度も来ました。そう東京へはもう何度も行きましたって歌があったけど、京都にはもう何度も来ている。京都駅の建物だけは、いつ見ても好きになれない。どうして、あんなコンクリートの建物を建てたのか、理由が今一つ理解できない。京都の玄関口ともあろうものが、あれでは古都の都1000年の都とか言われても、そうですかで終わってしまう。
京都には、ゼミ生と共に新幹線でやって来た。やはり、東北の仙台からだと遠く感じてしまう。東の都である東京がやはり東北人には、馴染みがあるのは言ううまでも無い。京都で観光タクシーに乗ると、必ず聞かれるのは、
「どこから来ましたか」であり、
「東北は宮城県仙台市」からだと言うと、
「遠いなぁ~」と、口を揃えたように同じ事を言われる。
東北は、歴史においては、栃木県白川の関以北は、
「一山百文」と、蔑まれてきた歴史があり、過去幾度となく日本国の覇権を争った蝦夷と朝廷軍との戦いは、京都周辺地域の人間にとっては蛮族に等しい感覚だっただろうと、現在でも思う。それは、サントリーという会社の会長が、蝦夷という別称を使って東北人を蔑んだような発言をして、大問題になった事件からでも分かるのである。蝦夷は、朝廷つまり京都人には、恐ろしい人間集団としてしか映らなかったのである。
それほどまでに、東北人の歴史は京都とは無関係に動いてきたのである。だが、現在は、情報社会であり、テレビを通して、インターネット等など、日本国中の情報格差は殆ど無いと言ってよい時代になっているのである。そう言う点では、東北人は京都に対して何も卑下する事は無いんだが、歴史上においては、主役は京都だったのである事に、何かしらの思いがあるのは本当のところである。
現在の若者達には、それは無いと思っている。一番大事な事は目の前の事であり、何より自分が一番、他の事は、関係無いのである。
京都の歴史を誇ったところで、他所の地域の人間には、関係無いのである。関係無いものには、何の興味も無いのが、今の若者気質だ。
ある仙台在住の作家が書いていた。
・・・日本人の原風景、日本人の原気質、伝統、風習、風俗等の根本は、東北に在る・・・
こうして千年の古都・京都にやって来る度に、東北との違いに否応なく気づかされる。なんと言ってもその第一は、京都人の顔そのものである。
初めて京都人といわれる人間達を見た瞬間、
・・・この人達は、日本人じゃない・・・
これが第一感だったのは間違いない。東北人を普段見慣れているものだから、人種が違うと思ってしまった程、顔の造りは違って見えたのである。
京都美人と東北美人は、全く違うのである。因みに、日本三大ブスの産地と言われる仙台だが、近頃では他県からの流入者が地元民よりも多くなってしまったものだから、あまり仙台独特のブス顔の女性は見かけなくなって、今時の美人顔の女性が目立つようになって久しい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
インターネットの世界
伊達なブログ日記
2009: 5月23日 PM11時現在 作者 伊達なマスター
京都
現在、マスターは京都にはるばるやって来ているのであ~る。
ガハハハ~~。第三番目の愛人と一緒なのであ~る・・・・( ̄▽ ̄;)
京都へは~もう何度も行きました~ルンルン~ ♪♪
仕事で京都に来ています。実を言うと、京都に来ているのは、仕事の他にもう一つ大事な理由があるのです。それは、あの美しい女性と、京都デートが実現したのです。彼女も、京都に来ているのですよ、ははははは~~~~嘘です、うそで~~~~~す。
そうあれば、良かったという思いです、願望、夢・・・( ̄▽ ̄;)
なんと言っても仕事が一番です。眠くなってきました・・・・・ぐぐぐぐぅぅぅ~~~~。
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「先生、おはようございます」
「おはようございます・・」
「おはようございます」
ホテルの食堂に入ると、直ぐに学生達が挨拶をしてきた。そんな学生達の顔を一人一人見ながら、
「おはよう、皆良く眠れたかな?」と応える。
「はい・・・・」
「はい・・」
「はい・・・でも、歯軋りの煩い人がいて、寝不足です・・・」と、木村 正樹という二年生が言い出した。
「誰だ、それ?」と、隣の内田 浩二二年生が惚けた表情をして言うと、木村君が呆れた顔をして内田君を見る。
・・・・そうか、歯軋りは内田君か・・・・
「はははは~~~相部屋なんだから仕方がないさ・・さぁ~食事にするよ、食事が終わったら、今日は予定通りに銀閣寺に行くからね・・」そう言いながら、今日の行動予定が頭に浮かんできた。
「はい・・・」
「先生、お料理盛りましょうか?」と言ったのは、一際目立つ女学生の橘 麻耶だった。
「いいよ、バイキングだから、自分のことは自分でするのがルール」全員が見ている中で、頼むわけにはいかないのは当然だった。
「はい・・・」
京都の朝の食事は、一流ホテルではないので、ごく普通のメニューだった。
「先生、銀閣寺では予定通りで良いですね」と、ゼミの三年生の高田 弘毅君が聞いてきたので、
「予定通りで行きましょう」
「分かりました、おい、予定通りでいくから、食事が終わったら出発するよ」
「銀閣の検分が終わったら、少し、あい剥ぎ本を見学に行きましょう」と学生達に言うと、
「富岡鉄齋・・・が、有名です・・確か、兵庫県宝塚市・・有名なあい剥ぎ本があります先生」と、橘 麻耶が目を輝かせて言った。
「うん、確かに、あれは有名だが、ここ京都にもあるんだ洛東にある、仏輪字という小さなお寺さんに帰りよって見よう」
「え~と、仏輪寺・・ありませんよ・・この本には」と、京都寺院集を見ていた、佐々木 武君が声を出した。
「そうなんだ、これは、正しく、偽者、コピー寺院なのだよ、大正時代に銀閣寺そっくりのレプリカを自分の屋敷に建てた当時の貿易商がいたんだ」
「コピー寺院なのですか?でも、そんな事は噂にならなかったのですか、仮にも銀閣寺を真似たとしたら、抗議の声が出そうなものですが・・・先生」と、橘 麻耶が怪訝な顔をして言ったから、他の学生達も、有り得ないですよという表情をしている。そんな学生達を見ながら、
「はははは~~本物の銀閣寺と偽者の銀閣寺を比べて見ましょうよ」と言って、何度か尋ねて見た建物を思い出していた。
この訪問が、思わぬ事態になっていくのであるが、この時点で全く思ってもいなかった。
「嘘臭いななぁ~~」
「ほんと、先生にだまされないように・・」
「参ったなぁ~・・・百聞は一見に如かずさ・・・はははは~~~」
世界中を相手に財を築いた貿易商は、金成 光一郎という人間である。一代で財を築くとは、その人間性に相当の神秘性というか、カリスマ性や、人格的魅力が無ければならない。但し、この人間は、財を築くと会社を売って、忽然と消えたように全く世間には、顔を出すことは無くなった伝説の人間なのである。このレプリカ、偽銀閣寺を何故造ったのかは、謎なのである。
京都に、研究に来ていたときに、京都大学の同級生から、面白い建物が在るんだ、見に行こうと誘われて言ったのが最初だった。京都の東に連なる山々は東山と呼ばれ、如意が岳(大文字山)を中心になだらかに続いている・・・そんな小高い場所にある広大な敷地を高い塀で囲った場所がある。
初めて、同級生に連れられて行った時、非常に驚いたものである。広い敷地の中心に、大きな寺院が建っているのが、目に飛び込んできたのである。
「な・何なんだ・・ここは?」あまりに異常な光景だった。普通寺院は一棟が中心に建ち、その周辺に付属の建屋がこじんまりと在るのだが、目の前には、何かを隠すように、大きな寺院が何軒も建っているのである。
「はははは~~ここは、レプリカの里なんだよ・・何でも偽者があるコピーの里なんだ」と、如何にも可笑しそうに言った同級生を見て、
「に・偽者の里ぉ~~偽者なのか、この目の前の建物は・・まさか・・」
「そうだよ、誰も世間では知らないよこの場所は、これまで一般に公開した事は無いそうだよ・・・さっ行こう・・」そう言って歩き出した同級生に、違和感を覚え始めていたのは事実だった。
俺や同級生の仕事は、偽者ではなく、歴史の検証に耐えられる本物が相手なのだ。偽者を見極める目を養う、そして、鑑定眼を磨き、真贋の研究に打ち込むのが選択した仕事のはずだと思って、同級生の後をついて言ったのである。
「な・なんだ・・これは・・銀閣が・・・建っている・・」目の前の寺院を通り過ぎると、又、寺院が目の前に飛び込んできた。
「そうだ、これが、偽者の銀閣だ・・・面白いだろ・・」と、真面目な顔をして言った同級生の顔をまじまじと見て、
「なんで建てたんだ・・・どうして今まで誰にも知られていなかったんだ・・」と、呻く様に声が出ていた、あの時。
「この銀閣が、中心なのだそうだよ・・・人の目に触れさせないように、又、銀閣を守る為に、四方に銀閣よりも大きな寺院を建てたんだ」その言葉に、
「何でだ?・・・銀閣を造ったところで・・誰も喜ばないぞ・・・意味は何だ?」
「偽者・・レプリカ・・コピーの里を、造ったんだ・・・理由は、今じゃ分からない・・が、美術品が相当にあるのは事実だ、一つの美術品には、偽者が必ずある・・・研究するには、最高だよ」と、俺の同級生がにやりと笑って言った。
「誰なんだこれをここまでして建築した人間って・・」
「金成 光一郎、大正ロマン時代の稀代の詐欺師、稀代の魔術師、稀代の錬金術師・・・そして・・稀代の貿易王・・・・・ここで造ったレプリカで売り抜け、世界中の富を集めて、忽然と世の中から姿を消した、消えた、伝説の男だ・・」と、謎のように言った同級生の顔をじっと見詰めて唖然としていたことを思い出す。
「き・聞いた事のある名前だ・・・大正時代の大金持ち・・・こんな物を造ったていたのか・・」と、驚いて言っていたあの時。
銀閣寺と偽銀閣寺
「さぁ~君達が、知っている、若しくは先程見てきた銀閣寺が果たして本物なのか、偽物なのか、確かめて見ましょう、さっ中に入らせて貰いましょう」そう言って、目の前に人間を拒絶するようにぴたりと閉じている背の高い、幅の広い黒門の両脇に設置されているドアーのチャイムの押ボタンを押すと、
「どちら様ですか?」と突然スピーカーから声が響いた。
「予約していた、北條です」と声のした壁に固定されている機械に話すと、
「お約束の言葉は?」
「写楽と浮世絵」約束の言葉を言う。
「お入り下さい・・北條様・・」と、目の前の機械から声が返ってきた。
やり取りを見ていた、学生達は一様に、怪訝な顔をしている。
「先生、お約束の言葉って・・なんです・・」と不思議そうな表情をした橘 麻耶が聞いてきたので、
「ここには、誰でも簡単に出入り出来るわけでは無いんだ・・特別に許可の受けた者しか入れないんだよ、そして、入る為には、それぞれ与えられた異なる合言葉があるそうなんだ・・まぁ~パスワードみたいなものだよ・・・僕の友人が昨日知らせてくれたんだ・・・写楽と浮世絵・・・とね・・でもこのパスワードは今日だけのものだそうだ・・・」と、学生達の顔を見ながら話すと、
「何だか、先生怪しいですね・・・ここ」と、高田生徒が細い目を更に細めての、目前の大きな門を見渡しながら低い声で言うと、勝手口が静かに開い他のである。
そして、
「皆様、中へお入り下さい・・お待ちです・・」と、相当年齢を経た老婆が顔を出して、手招きをくれた。
・・・・うん?・・・お待ちって・・・誰かと約束した事はないよ・・・・うん?・・・・そうか・・案内人か・・・・
「さぁ~全員で入りましょう、大丈夫心配ないから・・」と声を出して、自ら中に入ると、いつものように外壁と同じ造りの背の高い内壁が目の前に巨人のように立ち塞がっている。
後から中に入った学生達は次々と、驚きの声が出る。
「なに、これ~」
「何だよ、又壁かよ、迷宮路みたいだな・・・どうなってるんだここ・・・」
「お城みたいー・・」
「す・凄いな~」
「わくわくしてしてきたなぁ~」
様々な反応が学生達の口から上がっていた。
・・・・そうだ・・・そうだ・・・ふふふふ~~~サプライズなんてものじゃないよここは・・・・驚くのはこれからだよ・・ここは、偽物の里なんだよ・・ふふふ~・・・・
目の前の内壁から右隣に見える内正門は、すっかり開いていた。
「さぁ~あそこから入りましょう・・・」
「はい・・」
「はい・・しかし・・・・なんだろうここは・・・」
「凄いわ・・」
敷地の中に入って直ぐに声をかけられた。
「お待ち致しておりました・・」
「えっ・・・」目の前の視界が、空気が、動きを止めた。
・・・・詩乃・・詩乃さん・・何故ここにいるのです・・何故です・・・や・約束の場所は・・・・
「ど・どうしたのです、ここは・・」
「北條先生、ここは今は、京都本部の特別修練道場ですの、皆様ようこそお出で下さいました今日、ご案内致します、南原 瑞希でございます、宜しくお願い致します」と着物姿の「詩乃」さん・・・が、優雅にお辞儀をした。
「は・はい・・・あのう・・・」
「うふふふふ・・さぁ~こちらです・・」と、「詩乃」さんが歩き出した。
「先生・・ご存知の方ですか?」と、いち早く聞いてきたのは、橘 麻耶だった。
「し・知っていた・・人だと思うけど・・名前が違うんだ・・・」
・・・・瓜二つだ・・歩く姿も・・背格好も・・・身体つきも・・・詩乃さんだ・・・詩乃さんしかいないはずだ・・・こんな美しい女性が二人もいるはずが無い・・そんな馬鹿な事は無い・・・・・でも・・ま・まさか・・・妹か姉だったら・・・それにしても似ている・・・生徒を驚かす積りが、自分が脅かされるなんて・・・・
門を潜って進みだすと、目の前に大きな建物が迫ってくる。「詩乃」さんは、構わず前に進んでいる。
飛び込んできた建物を見ながら、生徒達は、
「呆れた大きさだよ・・ここは何なんだよ・・」と、誰かれとなく声が聞こえる。
「ほんと・・なんだか変よここ・・・」
大きな目の前の建物の脇道を通り過ぎると、
「えっえっえ~~~~嘘っウソォ~~~~在り得ないぃ~~」
「ま・まさか・・本当なんか?」
「こ・これって・・・銀閣寺・・銀閣寺だ・・」
「嘘っ・・・銀閣寺が建って・・いる・・・」
「ほら、先生が言った通りだろ・・さっきの写真と、比べて見よう・・高田君、カメラ出して」
「はい・・先生・・しかし・・・趣味が悪いよ・・」と、言いながら、カメラを取り出してさっき写してきた本物の銀閣寺を引き出した。
「皆様、この建物は、本物の銀閣寺ではありませんが、実は・・・本物なのかも知れません・・さぁ~こちらへ・・・」と、「詩乃」さんらしき女性が、前に歩き出していく。
・・・・正しく・・・偽者の里・・だ・・・この女性も・・偽者なのか・・・・
「先生、造りも一緒です・・・ほら、全部一緒ですよ・・・」と、カメラを見ながら目の前の建物と比べていた高田君がカメラを差し出した。
「そうだろ・・何もかも全て、その物、模倣しているんだ・・この銀閣寺は・・・」と、言うと、
「そうです、全て造りも同じです・・・この銀閣寺は、象徴的な建物なのです・・どうぞ・・お好きなだけ、お調べ下さい・・うふふふ~」と、銀閣寺を背にして立った「詩乃」さんは、あまりにも美しい。
・・・・やはり・・・詩乃さんだ・・間違いない・・・・
「一周して、調べて見なさい・・先生はここで待つから・・・」と、言って二人になろうとしていた。
「先生、一周してきます・・・何だか、変な気分ですよ・・さぁ~~カメラでチェックするぞ・・」
「先輩・・さっき見てきた銀閣寺とそっくりですよ、これ・・古さまで同じみたいですよ・・・」
「どうして、造ったんだろう・・良く噂にならなかったもんだな~~」
口々に、言い合いながら生徒達は、歩き出した。やっと、二人になったので、
「詩乃・・詩乃さんですよね・・・」
「違います・・・私は、瑞希です・・・わ」
「う・嘘でしょう・・からかわないで下さい・・詩乃さん・・」
「からかっておりませんわ、先生・・私は、姉詩乃の妹です・・・双子の妹ですよ・・うふふふ」と言った妹さんの表情は、楽しそうだし、詩乃さんその人なような気がして、どうにも居心地が悪かった。
「えっ・・・い・妹・・さんなのですか・・・あまりに似ているもので・・・失礼しました・・」よ、言って見たが、
・・・・やはり、頭が可笑しくなりそうだよ・・・・偽者の里に・・・詩乃さんそっくりな・・・・妹さんだとは・・・・
「詩乃お姉~様も、来ておりますよ・・・」と小さな声で言った言葉に、
「えっ・・詩乃さんが来ているんですか・・・」驚いて妹さんの目を見詰めると、怪しく目が笑っていた。
「はい、・・うふふふふ・・・北條先生・・」益々、怪しく見えてきた。
「えっ・・どうかしましたか・・・??」
「私です・・詩乃です・・・うふふふふ・・・」
・・・・あ~~やっぱり詩乃さんだ・・・いるわけが無いよこんな美しい女性は・・・騙されたか・・でも、あの詩乃さんがね~・・・気さくな女性なんだ・・・・
「もう~詩乃さん・・騙されました・・・からかわないで下さい・・参ったなぁ~~」と言いながら、何故ここにいるのか、頭に疑問が沸いて来たので、
「詩乃さん、ここと何か関係があるのですか?」と、聞く。
「うふふふふ~~ほ、・・」
「瑞希ちゃん、先生をからかっちゃ駄目ですよ・・・」と、後方から声がしたので、振り返ると、驚いてしまった。
「し・詩乃さん・・・えっ?」もう一度振り返って見ると、確かに詩乃さんがいる。又、振り返って見れば、そこにも詩乃さんがいた。
「瑞希ちゃん、駄目よ、先生が困っていますよ・・」と、詩乃さんがニコニコしながら、言ったのを呆然と聞いていた。
・・・・ふ・・二人いる・・・そっくりだ・・・まるでコピー・・みたいだよ・・・・
着ている着物も同じだ。
「だって、先生・・真面目で可愛いいんですもの・・うふふふ・・」
「まぁ~先生を可愛いだなんて、失礼よ・・」と、姉らしい詩乃さんが言うと、妹の瑞希さんが可笑しそうに微笑んで、
「お姉~様、御案内お願いしますわ・・先生・・お待ちしております・・皆様とご一緒して下さいね・・それでは、・・失礼致します・・・」お辞儀をすると、その場を優雅に立ち去っていく。
「詩乃さん、どうしてこちらにいるのです、ここは・・」
「私の先々台のお祖父様のお屋敷なんです・・ここは・・・」
「お・お祖父様の・・・お屋敷ですか・・・・ここは・・・・?」
「はい、現在は、修練道場として使われております・・」
「修練道場・・・ですか・・・何故僕達の事が分かったんです?」詩乃さんには、ここの事は話していなかったし、京都で約束していた場所は、ここではなかった。
「昨日、妹に、お客様が何年ぶりかでここに来ると聞きまして、どちら様ですと尋ねましたら、うふふふ先生のお名前が出ましたものですから・・・」
「そ・そうだったんですか・・?」
「妹は、現在京都に住んでおりますの、私達姉妹は、双子なんです・・・皆様良く間違われます」
「驚きました・・・まさか美しい女性が・・それもそっくりの・・・・二人もいるとは・・・」
「まぁ~先生はお上手ですわ・・妹は、いつもあんな風なんです・・お気にしないで下さい・・・」
「先生・・・・凄い建物ですよ、正しく銀閣寺でした・・・」
「そうです、建築方法が同じです、組み方も全部同じでした・・・本物と瓜二つに造ってあります」
「驚いただろ、先生もこれを見た時には、驚いたけど、これから見る物は、もっと驚くよ・・・おっそうだ・・ご紹介しよう・・・この美しい女性は、南原 詩乃さんと言って、ここのお嬢様です・・内の学生達です・・・」と、紹介する心が弾んでいた。詩乃さんが傍にいると思うだけで、心が晴れやかになっている。
「先生は、お口がお上手ですね・・・私、南原 詩乃と申します・・宜しくお願い致します・・・ここの屋敷は、贋作の里と言います・・・・」と、着物姿が全く良く似合っている詩乃さんが、優雅にお辞儀をしたので、男子学生達は、慌ててお辞儀を返していた。
「贋作の里・・・ですか?何故です、何故、銀閣寺を建てたんです・・」
「ここではなんですので、中に入って御覧下さい・・」
「さぁ~こちらの建物から中に入るぞ、手を触れてはいけないよ・・やっと、見せて頂く事が出来たんだからね・・」
「ここには、会員以外の方々には非公開なのです・・・京都大学の先生のご友人がここの会員ですから、何年か前に北條先生と高森様が、この屋敷にお入りになったのです・・・」と、詩乃さんが美しい横顔を見せて学生達に説明している姿は、やはり美しかった。
「では、これが最後と言う事ですか?」と、学生が、遠慮がちに聞くと、
「そうなるでしょうね・・・さぁ~こちらです」と、詩乃さんが先頭になって建物の中に入っていく。
真贋
「えっえ~~~な・何ぃぃ~~~これぇ~~」と、一人の女学生が声を挙げだした途端に、
「何で・・二つあるんだ・・・それも・・同じだ・・同じ絵だ・・・」
「どっちが本物なんだ・・こ・これって・・」
「凄いな・・・凄いや・・こんな世界があるなんて・・・」
「そうなのです・・贋作工房だったのです、ここは・・・」
「が・贋作・・工房・・」詩乃さんを見詰めていた。
・・・・贋作工房・・って・・ここで昔贋作を造って・・海外で売りさばいたのか・・・・
「全国から、選りすぐりの職人、贋作者が、絵師が、必要な全ての人間と資材が集められましたそうです・・・」と静かな口調で言った詩乃さんだった。
「では、南原さんは、そのう・・・贋作者・・そのう犯罪者の子供さんと言うことになるのですか?」と、学生は思った事を口にした。
「はい、そうなのでしょう・・でも、国内ではそうした行為はしなかったそうですし、お祖父様は、美術品の保全を最大の目標にしていたそうです・・・その為には、資金が必要だったそうです・・・一体どれほどの贋作が海外に渡ったのかは知りません・・・そしてこの贋作造りは、途中から軍部・・国家が関わっていたのです・・国家の保護がなければ出来ませんでしたようです・・・・あの時代の次は、戦争の時代です・・戦争には、沢山のお金が必要です・・ここで国家を挙げての贋作が始まったのです・・ここにある美術品は・・右が本物です・・・・左は・・・贋作です・・・こうして、二対展示してあるのは、あの時代の生きた証拠を残す為です・・・」と、応えた詩乃さんの表情には、曇り一つなかった。
「成る程、そう言われれば、戦争に負けて勝手に収奪されるくらいなら、偽者を持っていかれた方が良いということですかね~・・」と、どこか心に、墨が入ったような気がして聞いていた。
・・・・戦争には、巨額の資金が必要になる・・・だから、偽札を造ったり、麻薬を造って売ったり、犯罪行為だろうが、なんだろうが自国の為にはなんでもするのが、国家だ。ありとあらゆる資金集めが、行われる・・・あの時代も、今の現代も・・そうだ・・・国家は、国家に嫉妬し、いつかは国家を滅ぼしてしまおうとこし淡々と狙っているのだ・・それが、国家なのだ・・・・
「賛否はあります・・・その為に、損をした人間がいるでしょうけど、贋作物として世界で発見はされておりません・・今でも本物として通用しております・・・」と、全く気にしていない様子だ。
「ほ・本当ですか・・・・それは・・凄い事だ・・・・?」と、贋作はいずれ正体がばれる物だと思っていたものだから、つい口から出てしまった。そう言った俺の視線と詩乃さんの視線が空間を挟んで複雑に絡み合う。
・・・・そんな視線で見詰めないで下さい・・・負けそうです・・・・
俺の気持ちなど知ってか知らずか、
「オランダの画家で、ヒトラーに国家的美術品を次々収奪させた罪で、反逆罪になった画家がおります」と、どこかで聞いた事のある事を話すと、すかさず、一人の学生が、
「あ~~聞いた事があります・それ・・・あ~~なんて言ったっけ・・・う~~む・・名前は・・・忘れた・・・」と、軽口で話したものだから、学生達は、口々に、
「それって、確かTVでやってたよ・・」
「ははは~~」
「もう~~嫌ねぇ~~」とか、話し出した。
「静かに・・聞きなさい・・・」
「はい・・・先生・・」
「ヒトラーナチスが持ち去った絵画は、彼自身が書いた贋作だった事が証明されて無罪を勝ち取ったのです、彼は、書いて見せたのです、本物を・・腕の良い本物以上に本物を作り出す人間は必ず、どこの世界にでもおります・・・」と、歴史上おこった贋作事件を事も無げに話した詩乃さんは、やはり美しい。
学生達も、その美しさに、心を囚われているようだった。
・・・・美しい・・全く美しい女性だ・・・全く、東京で見た時と変わらない・・・・
見惚れていた。詩乃さんが、仮に犯罪者の子供でも、孫でも構わないと、思っていた。心が盗まれだしていた事に気がつかなかった。
この寺院の建物の中は、まるで美術館のようになっている。必ず、二対あるのだ。
「先生、戦時中もここに置いて在ったんでしょうか・・」と、質問のように聞いてきたのは、橘 麻耶だった。その質問には、直ぐに詩乃さんが応えてくれた。
「いえ、この建物には、隠していませんでした、戦火に焼けないように、秘密の地下壕に保存されてGHQつまり占領政策が終わるまで、出てきませんでした・・・当時の軍は、ここの事を決して話しませんでしたそうです・・ごく、限られた人間が関与していたそうで、書類などは一切無かったそうです、ですから連合国側も、単なる寺との認識だったそうです・・・それだけ秘密は保たれていたのです・・関与した方々は、今は、何も言わずに・・・あちらの世界に旅立ってしまいました・・・そして・・お爺様の代になって、ここに展示され他のです」
・・・・そうか・・須藤教授と詩乃さんのご自宅で会った・・その人か・・・・
「おう~来ているな、北條・・」と、後ろから声が聞こえてきた。
「高森・・・遅いぞ・・・学生達の為にありがとう・・」と言いながら振り向くと、高森と妹さんである瑞希さんが立っている。やはり、どきっとしてしまう。
「皆、紹介しよう、京都大学、高森先生だ・・何でも質問して下さいね・・何せ、そろそろ教授になる方だから・・はははは~~」
「宜しくお願いしますよ、皆さん」
「はい、宜しくお願い致します・・先生」と、学生達は口々に挨拶をしていた。
何で、高森と瑞希さんが一緒なのか、疑問だったのは言うまでも無かった。後で知った事だが、この二人は、いずれ結婚すると言う事だ。あの最初に、ここに連れて来られた当時から、二人は付き合っていたらしい。詩乃さんとそっくりな美しい瑞希さんを、独占出来るとは、その話を聞いた時には、間違いなく焦燥感というか、焦りというか、嫉妬したのである。