1.
工作室は南校舎の三階のはずれにある。隣は和室で、茶道部や書道部というのはないため、いつも辺りは静まり返っている。遠くからグラウンドを走る運動部の声やあちこちで奏でる吹奏楽部の音は聞こえるものの、それらが近づいてくることもない。
それに、ここはいつも僕一人だった。
美術部員は他にもいた。けれど、美術室は二階の北校舎にあって、みんなはそこを使っていた。元々工作室は名前の通り、木材を使って何かを作ったり彫刻といった大きなものを制作するのに使われていた。しかしそういう制作に向かう先輩たちが卒業し、僕が三年となる年には、全員絵しか描かなくなってしまった。かくいう僕もその一人だけれど、僕は以前から工作室で絵を描くのが好きで、そのまま残ることとなった。
工作室にはいろいろな作品があった。先生が作ったのか先輩が作ったのか、はたまたどこかから貰ったのか買ってきたのか、経緯がわからないものも少なくない。壁にかけられた、異国の地の舞踊を彷彿させる人外のお面。僕が両手を広げても足りないぐらい大きな、割り箸で作られたゴールの見えないビー玉転がし。蟻地獄の巣のように何かを吸い込むよう加工されたドラム缶。天井から吊り下げられた奇妙で色とりどりの生き物たち。
「ここ、落ち着かないです。」
今年の新入部員の女の子はそう言った。
「なんか不気味っすね。」
男の子もそう言った。
どれも直視したくないようで、視線が定まっていなかった。
「美術室は綺麗だもんね。」
元々美術室を使っていた2年の子が引率するように新入部員を連れて出て行くと、もう誰もここには寄り付かなくなった。
僕はそれでも良かった。
誰かに理解されなくても、確かにここには僕なりの思い出がある。
幾何学模様を施した塑像を制作中、
「実はこれ君をイメージしてるんだよね。」
先輩がそんな冗談を言ってきたこともあった。
「いやいや、つい1週間前、これ俺の来世の姿、って言ってたでしょう。」
僕が筆を持ったまま振り返ると、鼻歌を歌いながら彼はニヤニヤ笑っていた。
背の高いスラっとした男の先輩で、体育祭では応援団に入っていたから僕のクラスにも憧れる女子がいた。彼女はいないか確かめてよ、と頼まれることもあったけれど、真面目に返事してくれる期待は持てなくて「多分いないんじゃない」といつも適当に返して流していた。
それから眼鏡をかけたいかにも優等生タイプの女の先輩が、木材を組み立て大きな見開きの本を作っていたこともあった。
「最後にここに私の思いを書いて文化祭で展示するの!」
そう意気込んで制作しているものだからてっきり愛の告白でもするのかと僕はひやひやしながらも楽しみに完成を待っていた。
するとその当日、それは中庭の芝生の上に堂々と置かれていて、中をのぞきにいくと、何語なのかわからないアルファベットの羅列がぎっしりと並べられていた。きくと「秘密」と言って快活に先輩は笑った。
「みんなに知ってほしいのかほしくないのかどっちなんですか。」と僕が笑い返すと、それが乙女心なのよ、と意味深長な顔で言うので何だか妙に納得して結局わからずじまいだ。
思い返せば思い返すほど、おかしな人たちがおかしなものをよく作っていた。
そしていつも僕の中のいろいろなものを裏切っては創造、表現し、その瞬間を僕をいつも大切に胸にしまっていた。
世の中はそういうもので、自分が求めさえすればそうなるのだと、不思議な確信があった。
それが僕の代になった途端、世界は変わったのだ。
人がいなくなり、色がなくなり、僕はただのガラクタになってしまった。
これは誰のせいでもなく、僕自身の問題なのだ。
そう言い聞かせ、僕はここに留まることを決意した。