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陽菜乃  作者: 文野麗
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第4話

「ダメ。番号ないよ」

「本当にない? もう1回よく見てみなよ」

「ほら下3桁300番台はこれで終わりで、次400番台だもん。ないよ。落ちたんだよ」

「……まあ、気を取り直して残りも受けてみな。きっとどこか受かるから」

 母から慰めの言葉をかけられても、何も思うところはなかった。美樹は呆然とノートパソコンの画面を眺めていた。

 志望校に落第した。1年以上信じていた未来は崩れ去った。自分の前途は生まれて初めて未定になった。美樹はたった独り宇宙に放り出されたように孤独だった。

 ソファーも、床も、テレビも、目に入るもの全てが昨日までの姿とは違っていた。あの大学に入ることは叶わないという現実が、美樹の身体を圧迫した。逃げるように自室へ入った。

 部屋は残酷なまでに静かだった。滑り止めを受ける気力など全くなかった。ましてや今まで毎日眺めた参考書を開くことなどできなかった。

 

 美樹は夕方まで自室にこもっていた。大きな苦悩が何度も反動をつけて頭の上にのしかかったが、心の別の場所では冷静に利己的に考えを巡らせることができた。行きたい大学へ行けなかったことを一生後悔して生きていくよりも、1年浪人してでも希望を叶えた方が満足できるのではないか。どの滑り止めに行くのも嫌だ。ショックを受けたふりをして受験はやめよう。浪人しよう。生気を失った顔でそう決意した。


 やがて、自分以外に4月から大学生にならない知り合いはいないかと、とあるSNSで探した。高校の友人のアカウントを覗けば惨めな気分になる気がしたので、中学校の同級生に限って見渡した。思考は停止して、ただただアカウントの確認だけをいつまでも行った。楽しいわけでもないのに作業を終えることは考えられなかった。何人か、就職したか専門学校へ行った友人をフォローした。その中に陽菜乃も含まれていた。あれほど毎日親密に接していた陽菜乃と、もう3年近くも連絡を取っていなかったことに気づいた美樹は、目を閉じて、独り後悔した。


 1年が経過し、ファミリーレストランで美樹は詩織と向かい合っていた。解放の喜びはレアチーズケーキの中にも織り込まれていた。

「おめでとう。美樹ならできるって私信じてた。美樹が無事に大学受かることが私の願いだったよ」

「ありがとう詩織。どうして詩織ってそんなに優しい人なんだろうね」

「かわいい女の子には幸せになってもらいたいから」

「詩織もかわいい女の子じゃん」

「自分は萌えないってやつよ。ねえ、美樹も心置きなくSNSできるよね。うちの高校のみんな、フォローできた?」

「今どんどんフォローしているところ。皆結構やってるよね。中学の友達もやってるから、フォロー数かなり増えそう。それでね、昔の友達といっぱいお話できたんだ」

「よかったね。ネットすごいね」

 2人とも化粧をしていた。高校時代は眉毛すら整えていなかった彼女らも、友達に会う時は普段よりも丁寧にマスカラを塗るようになった。トイレへ行けば、ごく自然に口紅を直しあぶらとり紙を顔に押し付けた。またしても一斉に変化が起こる年齢に差し掛かったのだと美樹は感じた。


 似たような文章ばかりを送るので、途中からは定型文をコピーして貼り付けるようになった。大学合格と引っ越しの報告も1つの儀礼であり、七五三や彼岸のような恒例行事の模倣を自分の意志で執り行っているのだ。無意識下の教育効果に思いを馳せながら、美樹は友人たちにメッセージを送っていった。

 こちらからの送信はすぐに終わるが、返信は各自好き勝手なタイミングで送られてくるから、似たような話題を何人かと並行して行うこととなった。向こうの相手は1人だがこちらは複数人を相手にしているのだから意識に差がある。話が弾む者もいれば、あっさりと終わる者もある。

 美樹は陽菜乃にも報告をした。一応義理だからと冷淡な顔でトーク画面を開いた。

 すると、意外にも素早く返信があった。陽菜乃は至って好意的に会話をしてくれた。他の者と同じように気遣い合うやりとりを通して、美樹の中の陽菜乃のイメージは再度塗り替えられた。もう自分たちは大人になったのだから、小さな不満にこだわるのはよそう。そう決意した。


 浪人時代はほとんど放置していたSNSを美樹は毎日眺めるようになった。50人以上フォローしているのに、タイムラインのだいたい半分を埋めるのが陽菜乃のコメントだった。内容は陽菜乃自身の写真、食事、彼氏との惚気話と仕事の愚痴の4種類に全て収まった。美樹はいつでも、彼女の生活を実際に見ているかのように伺い知ることが出来た。呆れつつも、憎むべき人ではないのだと美樹は悟った。


 大学生活を送っていると、高校時代も予備校生時代もはるか昔のことに感じられた。内容が似ていても、一般教養科目の学習は高校時代とは異なった方法で行われるのだと安堵した。

 周りと1つ年が違うことは断続的に美樹を苦しめた。自分は少し未来を失ってしまったのだと寂しく思った。それでも大きく本格的な学舎は心を満足させるのであった。


 少々気後れしながらも、美樹は作詞を再開した。高校時代に1つだけ完成させていたが、今ならずっと優れたものが出来る気がした。

 最初の頃のように闇雲に言葉を探したりはしない。まず趣旨と雰囲気を決め、音数と語感を整えながら言葉を並べていく。

 作品が日の目を見るどころか、曲として成立することすら実現の目途は立っていない。それにもかかわらず、作詞は楽しかった。心の中の、他のことでは満たされない部分が充足した。期限やプレッシャーがない、美樹の純粋な喜びであった。

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