リッチだと思った時期はないが
マリィはあっさりと寝てしまったが、俺は寝るに寝付けなかった。
いやだって、美少女が隣で寝息を立てているんだぞ?
いくら明かりがあるからって、無防備にもほどがねえか?
ま、まぁ……寝込みを襲うようなことはしねぇけど。
「というか……」
魔物がいる異世界で野宿。しかも焚き火はそのままって、襲ってくださいって言っているようなものだろうが。
そんな不安がF1レースのごとく通り過ぎていく。ピットインする様子はこれっぽっちもない。
「本でも読むか」
やることがそれしかない。
ちょうどいい機会だから、金貨一枚で使えそうな魔法を物色するとしよう。
「さすがにメガ段階の魔法はねぇか。まぁそれを言えば、キロの魔法も三つくらいだしな」
読書を初めてどれくらいが経ったのだろうか。
俺は不安をまぎれさせるため、一人でブツブツとつぶやきながら魔法一覧を眺めていた。
金貨一枚で発動できる魔法――つまり、五百円相当の魔法は、全部で十くらい。
くらいってのは、この金額付近から空欄の個所が出てくるからだ。
後々使用できることを願っているが……五百円相当の威力がどんなものなのか…………。
「『キロ・フレア』に『キロ・アクア』、『キロ・ブレス』」
『フレア』はすでに三回も使っている。
マリィに言わせると威力がショボいらしいが、一番使用回数が多い魔法でもある。
腕を伸ばして対象を狙い、魔法名を口にする。それで使えるんだから、ある意味で俺の火力ともいえる。
「火の魔法だけにな」
あれ? 焚き火の火が弱まったような……気のせいだな。うん。
『アクア』は水の魔法だろう。アクアって言うくらいだし。
問題は使い方だな。
どういう効果があるのか。単純に水が出てくるだけなのか、地面から湧き出すような感じなのか。
それとも、空気中の水分を集めて発動する感じなのか。
そういう意味では、『ブレス』の方も同じだ。
確か、息って意味だと思うが、これは俺が吐き出す息を攻撃とするものなのか。
「あぁ、ドラゴンみたいなのが吐き出す魔法とかもあったか?」
まぁ、それはラノベとかマンガの話だが、それに近い方法かもしれねぇ。
「……初級の魔法は、マリィに使ってもらった方が良さそうだな」
資金が潤っているなら問題ないが、今みたいな所持金が乏しい時に魔法の効果が分かりません。じゃ、マジで致命傷になる。
「資金……」
マリィの方向音痴により到着できなかった村。そこで仕事を得るしかない。
そうだな。できれば十万は稼いでおきたい。
「銅貨は千枚ちかくだな。これがないと会話が出来ねぇし」
物理的にも、精神的にも、金銭的にも。
「うわっ……マリィって銅貨を持ってるのか?」
マリィが従えていたガイコツを消し飛ばした後に、十数枚の銅貨を貰ったが……あれで全部ってわけじゃねぇよな?
俺より頭の良い、天才美少女様のことだから、銅貨を二、三枚くらいは残しているよな?
ちなみに俺は、すべて使い切ってしまったので、次からは問答無用で金貨を消費することになるんだろう。
お釣り……返ってこないかなぁ。
「サゐぷスカォセめウ」
目を覚ましたマリィは、むくりと起き上がり、目をこすりながら意味不明な言葉を俺に向かって……そうだ、翻訳してねぇから意味が分からねぇのか。
だとすれば、俺の言葉も通じないはず。
「銅貨くれ」
「鉺豗¢」
なんて言ってんのか分からねぇな。
だが天才少女様には、この状況で俺の欲しいものが分かったらしい。
そしてマリィは、
「ソふめイぬぷ¢」
首をかしげてくる。いや違うだろ。
「翻訳するから、銅貨をよこせよ」
多分通じていないだろうが、俺はちょっとしたイライラも乗せて声に出す。
「侪ね諿゜゙セぴゑゴ眚ふめイぬコヾ鉺豗ゐ仿来ぽソふめイぬ」
本当に何言ってんのか分からねぇな。マジでこの世界、俺に厳しすぎるだろ。
しかし天才少女様。
マリィは持っていた財布を俺に広げて見せてくる。
銀色一色の財布の中身を。
「も、もしかして……」
銅貨が一枚もないのか?
さっそく予期していた最悪な事態が訪れたことに気づいた俺は、その視線をマリィの方へと向ける。
マリィの方も、この状況をやっと理解できたのか。と言わんばかりに半眼で見てくる。
「ま、マジかよ……」
これ、仕事を見つけるどうこうの話じゃないぞ。
「燞セぽゑゐ个敆コソふめイぬをヽアびぷふぽヾ鮫犖ね僭エ゙柢カゐぬゔぽエめエへス」
通じてねぇえってのに、ペラペラと……まぁいいか。
意味不明なことを口走ったマリィは、自身の腹をなで始める。
腹が減ったのか? って言われてもなぁ。
「どうするんだよ?」
食材なんて一切持っていないし、この森。木の実がなっていそうな感じが全くしないんだが?
素人がキノコ狩りをするわけにもいかねぇだろうし、ウサギみたいな動物を狩るなんてことも出来ねぇぞ?
そんな疑問はもちろん無視され、マリィは立ち上がってどこかに行こうとする。
「やぶヾ〡〝〔ぽ枚゙グゟオセヽ乳久鮫犖ね爖ふめウぷ」
カンフーの達人が相手を挑発するみたいに、手をクイックイッと曲げてくるマリィ。
なに? かかって来いってこと?
いや違うか。話の流れから(一切流れが見えないが)食材調達に誘っているんだろう。
「……まぁいいか。おいマリィ、ちょっと待てよ」
なんの迷いもなく森を進んでいく方向音痴の背中を追いかけた。