ご対面はリッチだけど
魔法の効果は分からないが、とりあえず10円から50円の魔法は覚えた。全部で十種だからな。簡単に覚えられる。
問題は試すことができないことだ。なけなしの所持金を削ってやるわけにもいかねぇ。
発動のさせ方は魔法名を唱えれば問題ないはず。実際、それで二回も発動したしな。片方は何も起きなかったが……。
そこで、魔法を使う場合は、とりあえずどっちかの腕をまっすぐ相手に向けて魔法名を口にすることにした。
これで攻撃魔法なら、対象の相手に飛んでいくだろう。という安易な考えに基づいている。
「まぁ明らかな回復魔法だと思える魔法もあったし、とりあえずは問題ないだろう」
ちなみに『ヒール:300円』だ。何気に高い。
これで回復量が微々たるものだったら、マジで霜降り女神をバーベキューしてやる。
「……人か?」
遠くの方でもぞもぞと動いている黒っぽい物体。
生き物には違いないだろうが、あまりの遠さに、動いているってことしか分からん。
近付いて様子を見るか?
「遅かれ早かれ、戦闘は経験しないとダメだしな」
俺は半ば諦めたように、モゾモゾと動いている物体へと歩を進めた。
近付いて分かった。
黒色のフードを目深にかぶった人だ。三人くらいの集団だった。
寒さに耐えるため、熱を吸収するローブをかぶってるんだろう。
そしてもう一つ。
「どう聞いても日本語じゃねぇよなぁ……」
微かに聞こえてくる言葉は、言葉と理解できるが、内容が全く理解できない。
時々漏れ出る笑い声から、談笑でもしているんだろうが……内容はサッパリだ。
これ、どうしやいいんだよ?
まだ気付かれてないから問題ないが、向こうが俺に気付いたら、最悪、戦闘だぞ?
「……そういや」
と、立ち止まって監視していた俺は、脇に挟んでいた本を地面におろす。
二冊ある内の一冊――『異世界転生初心者の心得』のページをめくり、今の俺に必要そうな情報を探す。
「……あった」
『四、日本語は万能じゃない
異世界だから、日本語が通用するはすがない。
それらはフィクションであるか、裏側で翻訳がなされているかのどちらかである。
この世界では、予算の都合により、翻訳がなされていない。
言葉を覚えるか、必要であるならば、魔法を習得するしかない』
「予算の都合……」
なら初めから日本語で世界を構築しろよ。
まぁどうでもいいが。
「霜降り女神はバーベキューだな」
さてと。
このページにも、黄色のメモが張られている。おそらく、霜降り女神からの助言といったところだろう。
『迷える子羊である羽賀さんは、迷ったあげくに冒険者に出会い、即座に討伐されてしまうでしょうね。自分が人間じゃないと知った直後に殺されるとか、マジで情けないですねぇ~!』
うるせぇ。
『そんな羽賀さんでも、人とのふれあいは大事です。ふれあうためには、会話――コミュニケーションが必要です。コミュ障気味の羽賀さんには難易度が高いかもしれませんが、』
ほっとけ。
第一、俺はコミュ障じゃない。……主観だから確かなことは言えないが。
『『コール・スタート』で翻訳が開始されます。三分で十円ですので、通常の電話みたく利用してください。なお、終わる場合は『コール・エンド』で終わります』
なるほど。
電話みたいにっていうなら、通話し放題のプランにしてくれよ。毎回毎回、所持金を気にしながら会話をするはめになるだろうが。
というわけで、この世界の言語について一通り理解した俺は、
「炭火を用意しておかねぇとな。あとはバーベキューコンロだ」
と、最終目標を再確認する。その上で必要そうな道具を見繕う。
バーベキューなんて、この世界にあるのか? なければ、コンロなんて無いだろうし、無いなら自作するしかない。
と、冗談は捨て置いて。
『コール・スタート』で翻訳されるのは助かる。言葉が通じねぇと金が稼げねぇからな。
「なんで俺は、金の心配ばかりしてるんだろうか……」
異世界転生って、もっとさぁ……いやいいや。
所持金の多さが、俺の強さに比例してくるんだ。その事実は受け止めなければ。
とはいえ、最初の所持金にしては、三千円ちょっとって少なくない? 必要経費だからさぁ~もっと多く持たせろよ。五万とか、そんくらいさぁ~。
「……まずは話しかけるとするか。『コール・スタート』!」
翻訳用の魔法を発動させた俺は、黒色ローブの三人へと話しかけた。
そして、やめておけば良かったと、すでに後悔している。
理由は単純で、
「な、なんでガイコツが……?」
一人は女子なんだが…………もう二人は骨しかない。
そんな面子だとは知らずに、俺は、
「おーい。ちょっと道を尋ねたいんだが……」
なんて、声をかけてしまった。
いや事実、道を尋ねたいんだが……相手が悪すぎる。
ガイコツを連れてる女子だぞ? 絶対、マズい奴だろ。
「……奇遇ですね。私も聴きたいことがあるんですよ」
フードから顔を出した少女は、紺色に近い紫の髪と瞳をしていた。
隣の二人が視界に入らなければ、かなりの美少女だと判定できる。
そんな少女に見習って、ガイコツの方もローブを首の辺りまで下げる。
うわぁ~真っ白ですね。骨密度が高そうな、骨のある人たちに見えますよ?
「そうなんですか……先に聞いても?」
「どうぞ?」
と、少女たちは、手の平を差し出してくる。骨が視界に入って気になるが、
「ここから一番近い街って、どっちに行けばいいんだ? あ、村でもいいぞ?」
コレだけ聞いたら、猛ダッシュで向かうとしよう。
決して美少女から逃げるためじゃない。ガイコツから逃げるためだ。
「そうですね……ここからだと、向こうですね」
と、少女たちは俺が歩いてきた方向を指差す。
マジかぁ……結構、頑張ったんだがなぁ…………。
「それより、次は私が尋ねても?」
「あ、あぁ」
今までの頑張りが水泡になったことを項垂れていたため、逃げそびれてしまった。
まぁいい。すぐに戦闘とはならないだろう。なってるなら、こんな質問に応えたりしてくれない。
「あなたは、転生者ですか?」
「は…………」
いやちょっと待て。
思わず「はい」って答えそうになったが、ちょっと待つんだ俺。
この世界では、転生者がたくさん来ているのか?
そもそも、この美少女はなんで、俺が転生者だと分かった?
ここは知らない振りをしておこう。余計なトラブルはゴメンだし。
「いや、違うけど?」
「そうなんですか。不躾で申し訳ないんですが、出身を聞いても?」
疑っている。
間違いない。この謎の少女は、俺を疑っている。
なんでだ? なにかの罠だとでも思ってるんか?
まぁいい。ここはテンプレ通り、
「ここからずぅーっと、東の島国の出身なんだ。色々と訳ありでな。こっちの方に飛ばされたんだよ」
俺が使用できる魔法一覧には、『テレポート』が記載されていた。名称から瞬間移動の類いで間違いないはず。
ちなみに一万円だった。高いなぁ……。
そして、ここにいる理由とかは、その『テレポート』のせいにしておけば、俺の質問と矛盾が生じない。
「そうなんですね。それは大変ですね」
「あぁ、全くだよ。ははは」
これで引いてくれねぇかなぁ。
「東の島国ですと…………ヤシイ・センテでしょうか? ここからではかなりの距離ですね」
よし。国っぽい名前が出てきた。
これに便乗して、目の前の少女とはオサラバしよう。
「そうそう! なるべく早く帰りたいけど、かなりの距離だからねぇ! そんじゃ「ふふふ」……」
手を上げて振り向こうとした俺。
しかし、美少女が突然笑いだし、俺はその場で身動きがとれなくなる。
「まさか、本当に転生者だったなんて……」
確信を持って告げられる言葉。
どこだ? どこでバレたんだ?
そんな疑問を少女は、
「ヤシイ・センテ……逆さから呼んでみてください」
ヤシイ・センテ……テンセ・イシヤ…………
「マジかぁ」
この美少女、頭良すぎだろ。